久々に、読み応えのある本に出会いました。
百田尚樹さんの『永遠のゼロ』です。自分自身は、鹿児島県の知覧特攻平和会館も訪れたことがあり、多少の知識はあるつもりでした。しかし小説では、航空隊の最前線の様子が、緻密に描かれています。
本文からいくつか紹介します。
① 米軍は、零戦に対して『3つのネバー』を指示した。「ゼロと格闘してはならない」「時速300マイル以下でゼロと同じ
行動をしてはならない」「低速時に上昇中のゼロを追ってはならない」このネバーを犯した者はゼロに落とされる
運命になる
② 物量で押しまくる米軍はパイロットの命を大切にした。彼らは、1週間戦えば後方に回され、たっぷり休息を取っ
て、再び前線にやってくる。そして何か月か戦えば、前線から外される。対して日本軍は、熟練搭乗員から死ん
でいきました。経験の浅い搭乗員だと、貴重な戦闘機を失う可能性が高いという理由で、熟練戦闘員が優先的
に出撃させられたのです。
③ 殆どの戦場で兵と下士官たちは、鉄砲の弾のように使い捨てられていた。・・・彼らに降伏することを禁じ、捕虜に
なることを禁じ、自決と玉砕を強要したのだ。
④ 「大本営や軍令部の人たちは、自分が死ぬ心配が一切ない時には、強気というより無謀というか、命知らずの
作戦をいっぱいとっている。ところが、自分が指揮官になって、自分が死ぬ可能性があるときは、ものすごく弱気
になる。勝ち戦でも、反撃を恐れ、すぐに退くのよ」
⑤ 日本海軍の高級士官は、兵士には、捕虜になるなら死ねと命じておいて、作戦を失敗してもだれも責任を取らさ
れなかった。エリート同士が、官僚組織として相互にかばいあっていた。
⑥ 軍部は、特攻隊を志願しないものを決して許さなかった。前線の陸戦隊に送られたり、ほとんど絶望的な戦いに
投入されたり・・
⑦ 特攻機というと、華々しく敵艦にぶつかって散っていったと思っているだろうが、実際は、はるか手前の洋上で、
敵戦闘機に撃墜されたものが殆どだ。
官僚組織が責任を取らないことは、今も受け継がれているのでしょうか?本の中で面白い表現がされていました。
『賭場では、素人ほど熱くなる。有り金のかなりをすってしまうと、頭に血が上って、“わずかばかりの小金”を残しても仕方がないと、全部をかけてしまうのだ。』 “わずかばかりの小金”は、戦争中は、敗戦が決まってからの無謀な戦いでした。
現在のアベノミクスの名の下での政策が、同様に“わずかばかりの小金”にならないことを祈りたいものです。