脳血管障害の後遺症で片麻痺を呈する患者さんの中で、一定数「困った人」がいます。無理難題を家族や介護スタッフに言って困らせます。そんな困った人の、麻痺側は「左」であることが殆どです。実際に、ケアマネの集まり等で、「皆さんが担当する利用者さんで、対応に困っている人は左片麻痺ではありませんか?」と質問すると、多くの方が納得されます。実は、左の片麻痺の方が無理難題を主張する原因は、「失認」です。今回の記事では、脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、困った左片麻痺の患者さんの原因である失認についてご紹介します。
目次
1.失認とは?
人間は、目、耳、皮膚、鼻、舌などの5つの感覚器を使って、物事を認識しています。いわゆる五感と言わるものです。そんな五感を感じる器官には異常がないのに、物事を認識する機能が低下することを「失認」と言います。
例えば、目の前にお茶があって、目ではみえているのに、これをお茶と認識することができません。また、「知り合いの近所の方が、犬をかわいがっている」ような場面を見ても、「知らない人が、犬をいじめている」などと間違えて認識してしまいます。
失認の病変部は、多くの報告例はありますが、脳の右側が原因のことが多く、運動障害は左片麻痺を合併することが多いのです。
2.左片麻痺患者さんの人間関係の失認とは?
失認のなかでも、介護者を困らせるのが「人間関係の失認」です。多くの人たちは、自分の目の前にいる人との関係性を認識します。その上で、家族、友達、目上の方、初めて会った人などの認識をして、それに応じた対応をします。
しかし、人間関係の失認のある患者さんは、そんな関係性を認識することができないため、家族でない人や初対面のひとにでも、とんでもない言動をとることで周囲を混乱させてしまいます。
3.人間関係における失認の具体的な例
私が経験した、ケースをご紹介します。
3-1.クーラー切って!
デイサービスを利用していた70歳代の女性。左片麻痺を呈しており、定期的にデイサービスを利用していました。真夏で、クーラーがついていてもスタッフが汗をかきながら仕事をしているような状態でした。そんなスタッフに向かって、「クーラーがついていると、麻痺側が痛むから、クーラー切って!」です。汗だくのスタッフ、他の利用者さんがたくさんいるにも関わらず、真剣にこのような言葉を発します。
3-2.理屈に合わない不定愁訴
50歳代で脳出血で左片麻痺を呈した男性。ある日突然、リハビリスタッフに執拗な不定愁訴を訴えます。その上、その原因をリハビリであると主張します。私も、リハビリが原因でない旨、さらに拘縮予防のためリハビリが必要な旨を説明しても全く理解されません。家族が説得しても理解をしてくれませんでした。
3-3.ケアマネを退職に追い込む?
はじめてケアマネが、60歳代の男性の家に伺ったときです。初めてお会いするため緊張していたのですが、そのケアマネに対しての言動が、とても初めて会った他人に対するものとは思えない無理難題でした。そのため、ケアマネは一時、精神的に落ち込み、仕事の継続にも悩んだほどでした。実は、ケアマネの多くがそういった利用者さんの無理難題で退職を考えることが多いのです。そして、その一つの原因が片麻痺患者さんの人間関係の失認が原因であることが結構あるのです。
4.対応方法
人間関係の失認があまりにひどい場合は、医学的に以下のような治療を行います。
4-1.血管性認知症の合併がないか?
人間関係の失認がひどい患者さんの場合、血管性認知症を合併していることが大部分です。従って、すぐにMMSEやリバーミード検査を行うことが大事です。ただし、いきなり検査をおこなうと怒り出すこともあるので、「脳の定期検診です」と言って、行うことをお勧めします。なお、リバーミード検査については以下の記事も参考になさってください。
4-2.合併がある場合は、メマリー
認知症の合併がある場合は、ブレーキ系の抗認知症薬を使用します。多くの例で、患者さん自体が穏やかになり、人間関係の失認が害を及ぼさなくなります。メマリーについては以下の記事を参考になさってください。
4-3.メマリーで効果不十分な場合は、グラマリール
明確な認知症の症状がない場合や、メマリーだけでは効果が不十分なケースではグラマリールという薬を追加します。比較的に眠気も少なく患者さんは穏やかになります。使用に際しては、25mgからスタートして、症状に応じて150mgまで使用します。但し、薬剤性パーキンソン症候群を合併することがあるので、歩行障害の悪化、意識レベルの低下には注意が必要です。
5.まとめ
- 左片麻痺の患者さんの中には、人間関係の失認を呈する患者さんがいます。
- 人間関係の失認は、周囲の方を混乱させ、ときにケアマネを退職に追い込むことさえあります。
- 抗認知症薬であるメマリーや、グラマリールが効果を示すので、積極的な使用が望まれます。