甲状腺機能低下症は治る認知症!医師でも難しい鑑別と治療方法を解説

甲状腺機能低下症は治る認知症!医師でも難しい鑑別と治療方法を解説

「意欲が失われ、表情もない」「動きもゆっくりで、足元がおぼつかない」「記憶力低下もあるようだ」。

一般の方はこれで「認知症だ」と思われるかもしれません。

しかし、認知症に間違えられる疾患がいくつかあります。認知症じゃないのに、認知症だと診断され治療が行われるとかえって悪化させることがあります。

その一つが甲状腺機能低下症です。

甲状腺機能低下症は、内科の中でも内分泌内科が専門とします。基幹病院などにはこの科目があると思いますが、なかなか横連携がうまくいかないケースが多いと思います。そして医師でもこの二つの鑑別はなかなか難しいのです。先入観やテストだけで判断しないことが大切です。

認知症を専門とする当院では甲状腺機能低下症の患者さんがたくさんいらっしゃいます。しかしそもそも当院に「私は甲状腺が悪いんです」と訴えて受診される患者さんはいらっしゃいません。認知症の鑑別診断をさまざま行い、その結果として甲状腺機能低下症の患者さんが見つかるのです。

甲状腺機能低下症は、「治る認知症」の代表疾患です。正しい治療を行うことで劇的に改善することが少なくありません。反面、治療が行われないままでいると悪化する可能性も大きいのです。今回は、月1,000名の認知症患者を診ている認知症専門医の長谷川が、甲状腺機能低下症についてご紹介します。医師の方もぜひ参考になさってください。

1.甲状腺とは

甲状腺は、頚部、気管の前に位置し、ホルモンを産生する臓器の一つです。甲状腺ホルモンは新陳代謝を調節する非常に重要なホルモンです。簡単に言うと、身体を元気にするホルモンともいえます。ヨードを原料として作られ、多すぎても少なすぎても体に重大な影響を及ぼします。甲状腺機能低下症は文字通りその分泌量と働きが足りなくて引き起こされる様々な症状の総称です。

Human Thyroid Gland Anatomy Illustration
甲状腺の位置と形

2.甲状腺の機能が低下すると?

甲状腺の炎症・腫瘍その他の原因で,甲状腺ホルモンの分泌力が低下した状態が甲状腺機能低下症です。採血により甲状腺ホルモン(T3、T4)を測定し、分泌量の低下があれば甲状腺機能低下症と診断されます。同時に下垂体から分泌され甲状腺の働きを支配している甲状腺刺激ホルモン(TSH)を測定します。

甲状腺ホルモン量が低値でありTSHが高値であれば、下垂体の働きは正常で機能低下になっている状態と考えられます。典型的な症状としては以下のようなものがあります。

・顔や脚のむくみ

・悪寒、寒気

・皮膚の乾燥,脱毛 など

これ以外にも、ぼーっとした“認知症状”が出ることがあり、うつ病や認知症と誤診されることがあります.甲状腺ホルモン剤を投与することにより,これらの症状の多くは改善するのです。

hypothyroidism
甲状腺機能低下症の症状例

3.悪化してから気づくことも少なくない

甲状腺機能低下症と認知症は症状が似ており、認知症と勘違いしてしまうこともあります。そのため、特に高齢者は早期治療を行うことができず、悪化してから気付くことも少なくありません。

甲状腺機能低下症では、甲状腺ホルモンが不足してしまう事により、身体機能そのものが低下してしまいます。そのため、ゆっくりとした行動となり、ボーっとしていることも多くなります。認知症の場合も、初めは意欲喪失から始まり、ボーっとしていることが多く、表情の変化も見られないのです。このため、甲状腺機能低下症を認知症と勘違いしてしまうこともあります。

4.認知症との鑑別

正直、認知症の専門医である私でも認知症と甲状腺機能亢進症を鑑別することは難しいものです。

4-1.症状だけでの鑑別は難しい

高齢者で甲状腺機能低下症を発症した場合、物忘れや錯乱、さらには被害妄想などを訴えることもあり、認知症とよく似た症状が出現してきます。


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4-2.徐脈を見落とさない

最近の診療では血圧は測定しても、脈拍を測らないことが多いものです。甲状腺機能低下症では、脈の数が減る徐脈の症状が認められることがあります。そのため当院の認知症専門外来では、必ず脈拍は測定しています。

4-3.血液検査で全例測定をする

しかし、症状や脈拍だけでは、甲状腺機能低下症を診断することは困難です。そのため、当院の認知症専門外来では、すべての患者さんに“血液検査”を実施しています。これにより甲状腺機能低下がはっきりするのです。

残念ながら、多くの内科では甲状腺機能を測定することは少ないようです。採血項目に甲状腺機能が入っていなければ、正常か異常かも分かりません。心配であれば「甲状腺機能は大丈夫ですか?」と聞いてみることも必要です。

Thyroid hormone test
血液検査で甲状腺機能低下がはっきりします

4-4.甲状腺機能低下症なのにアルツハイマー型認知症のみの治療をしたら大変

抗認知症薬を甲状腺機能低下症の方に処方すると、かえって悪化させる危険性があります。

アリセプト、レミニール、リバスタッチは、アルツハイマー型認知症の進行を遅らせる最も一般的な抗認知症薬です。これらは、アセチルコリンを分解する酵素(アセチルコリンエステラーゼ)を阻害するため、アセチルコリンが過剰になると、洞停止(心臓のリズムが止まる事)・徐脈・心臓ブロック(心筋の電気刺激の伝導が妨げられること)などの副作用がおきます。

甲状腺機能低下症では、甲状腺ホルモンの心臓刺激作用が弱くなるため、徐脈・心臓ブロックが起きやすい状態となっています。アリセプト・レミニール・リバスタッチの相乗効果で、これらが更に悪化することがあります。

この点からも、認知症の鑑別には慎重を要するのです。

5.確立している治療方法

治療は、甲状腺ホルモンであるチラージンを補充します。医療においては、足りないものを補う治療は最も効果があります。例えば、低血糖の患者さんに糖を補充すれば劇的に効果があります。同様に、甲状腺ホルモンも補充すると劇的に効果があります。その上、甲状腺ホルモンは身体から分泌されていますので、副作用も殆どありません。

但し、高齢者の場合は、量が多すぎても身体に負担をかけますので、少量から始め、採血をこまめに行って調整することが大事です。ちなみに、甲状腺ホルモンが過剰になると、副作用として体重減少が起こります。海外の怪しげな「やせ薬」には、甲状腺ホルモンが含まれていることがありますから注意しましょう。

6.誤診が当院で改善した例

当院の認知症専門外来で診断された甲状腺機能低下症の改善例をご紹介します。

6-1.認知症っぽいのに眼瞼浮腫があった方

認知機能障害で受診された80歳代男性。初診時に、やる気の低下や動作緩慢があり、パーキンソン病も疑われました。ただし、同時に眼瞼浮腫(まぶたのむくみ)もあったのです。採血で甲状腺機能低下症と診断。チラージンの追加で、浮腫も取れ、動きもスムースになり側頭葉を評価するMMSE(Mini Mental State Examination:ミニメンタルステート検査)も正常化。現在は、チラージンのみで治療しています。

6-2.基幹病院の内科で見落とされていた方

意欲低下に伴い、食欲も低下。徐々に体重も減少。反応も悪くなってきたため認知症を疑って当院を受診された70歳代男性。地域の基幹病院では高血圧と糖尿病の治療をみてもらっていました。しかし、当院の初診採血で甲状腺機能低下症と診断。甲状腺ホルモンの追加で、意欲が出て食欲も改善。体重も正常化しました。このケースでは、軽度の認知機能障害が残ったため、甲状腺ホルモンと抗認知症薬を併用してフォローしています。

6-3.甲状腺機能亢進症の投薬が過剰になっていた方

認知症専門外来に受診された患者さん。地域の基幹病院で甲状腺機能亢進症と診断。それ以降、近位の開業医で継続治療をされていました。しかし、それ以後殆ど採血もされず、以前の処方量のままになっていました。その結果、甲状腺機能亢進症に対する薬が過剰になっており、逆効果で甲状腺機能が低下状態。甲状腺機能亢進症に対する治療薬を減量、甲状腺機能を正常化することで認知機能障害も改善しました。

7.低T3症候群は甲状腺ホルモンを追加してはいけない

血液検査の結果、甲状腺機能低下症と間違えてしまう病気もあります。その代表例が低T3症候群です。

全身状態が悪化した時や飢餓状態になった時、血液中のT3濃度だけが下がり、通常TSHとT4濃度が正常であるという検査結果が出るケースがあります。この時、T3濃度が下がっているために、甲状腺機能低下症と間違われてしまうことがあるので、注意が必要です。この状態はT4からT3への転換が減少することによって生じ、重い病気の時に身体のエネルギーを消耗しないための防御反応であると考えられています。この場合、甲状腺ホルモンの補充は必要ではなく、逆効果になるケースもあります

8.まとめ

  • 甲状腺機能低下症は、「治る認知症」の代表疾患です。
  • 残念ながら、甲状腺機能の採血すらされずに見落とされるケースが多々あります。
  • 時には主治医に「甲状腺機能は大丈夫ですか?」と聞いてみることも必要です。
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