吉永小百合さんが主演の、映画「いのちの停車場」が好評です。この映画は、現役医師である南杏子さんの原作を基に作られています。私の患者さんが、拙書『ボケ日和』と一緒に購入して、どちらもよかったと教えてくださいました。早速原作を読んで、すぐに映画を見させていただきました。在宅医療に対して、世間の人だけでなく医師の方の認識もこの程度なのだと、とても勉強になりました。今回の記事では、21年間在宅医療に取り組み、5万件以上の訪問診療、600人以上の在宅看取りを行ってきた長谷川が映画から感じた在宅医療について解説します。
目次
1.あらすじ
小説と映画のあらすじは以下です。
救急医を辞め、訪問診療医に転身した62歳の女性医師(吉永小百合さん)が直面する在宅医療の現場を通じ、老老介護や終末期医療、積極的安楽死といった現代日本の医療制度の問題点やタブーに向き合い、医師や患者および患者の家族の姿を描く。
2.在宅医療とは?
在宅医療とは、外来診療・入院診療と合わせての医療の3つの柱の一つになるほど重要なものです。しかし、自分も基幹病院で勤務しているときは、殆ど理解どころか興味を持っていませんでした。そのため、今でも大病院の先生方は、映画で出てくる吉永小百合さんのように、在宅医療をあまり理解されていないようです。
在宅医療とは、通院が困難になったとき、医師が訪問して診療、治療、処置などを行いながら、自宅などの住み慣れた場所で病気の療養を行うことです。昔ながらの往診とは異なります。
「往診」は、患者さん側の要求により医師などが不定期(臨時)に出向いて診察や治療を行うことを指します。ドラマや映画では患者さんが急変すると医師が駆けつけ、ご自宅で診察を行うシーンがありますが、いきなり呼ばれても「患者さんのもともとも状態」「診断の精度」「そもそも家が分からない」ため、あまり現実的ではありません
一方、最初から患者さんの状態を把握し、ご自宅での医療方針のもと、定期的にお伺いして診察と経過観察などの治療行為を行うことが「在宅医療」です。定期的に月に1〜4回は訪問しますから、患者さんの常日頃の状態、診断名、家の場所もしっかり把握して対応ができます。映画の中でも吉永小百合さんが、定期的に訪問していたので、往診でなく訪問診療を行っていたのです。在宅医療については以下の記事も参考になさってください。
3.在宅医療の良い点
訪問診療は、正直大変です。いつ患者さんから電話がかかるかわかりません。そのため、一人で訪問診療をしていた時は、家族での旅行もできず、地元のシティーホテルが家族旅行先でした。(これはこれで、楽しかったです)。もちろん、晩酌もできません。そのため、「晩酌ができないなら訪問診療はやらない」といった知り合いの医師もいるほどです。
そんな大変な訪問診療ですが、一度取り組むとはまってしまいます。何しろ、病院ではできないような、治療や療養が可能です。その上、人生の最後には、家族に見守られた「自然の看取り」が実現されます。その時に、ご家族からいただく、「感謝の言葉」は心の底からのもので、医者冥利につきます。
その後、亡くなった患者さんの家族ぐるみのお付合いが続いているほどです。
4.在宅医療も進化している
映画や小説で描かれる在宅医療は、確かに人間味あふれてよいものですが、実際の訪問診療はもう少し進化しています。
4-1.訪問診療の主役は、在宅支援診療所
現在、訪問診療の中心は、一定の人員基準を満たし地方厚生(支)局長で認可される在宅支援診療所です。医師も複数人いますし、多職種との連携も図られています。今の時代、一人の医師だけが患者さんの家を回るだけでは、十分な患者さん対応はできないのです。
4-2.看護師は、医師のカバン持ちではない
映画や小説で訪問診療が描かれると、必ず医師に看護師が付き添います。しかし、看護師は医師の付き添いではありません。在宅医療では、訪問看護として看護師が単独で患者さん宅に伺います。現実の在宅医療では、介護から医療に関することまで対応できる訪問看護師さんが最も頼りになるのです。
4-3.在宅医療で頼りになるのは医師ではない
映画や小説では、医師が主人公として描かれがちです。しかし、在宅医療において本当にご家族の支えになるのは訪問看護師やケアマネです。そのためブレイングループでは、ご家族が「困った、どうしよう?」と思った時に最初に電話をするのは訪問看護師さんかケアマネです。状況により、様子を見たり、訪問看護師さんが対応したり、医師に連絡をしてくれます。在宅においては、主治医より主治看護婦やケアマネが頼りになるのです。
5.忘れがちな在宅における費用負担
映画や小説で描かれないことがあります。それは、映画や小説では描きにくいことではありますが、在宅医療における費用の問題です。小説の中では、パーキンソン病で胃ろうを増設された患者さんが、費用面のために劣悪な療養環境であることが描かれていました。
FP資格を持つ専門医である私としては、パーキンソン病の重度の患者さんに対しては、
- 身体障害者を認定して、重度医療を交付・・そうすると医療費は無料です。
- パーキンソン病の場合、訪問看護も訪問リハビリも医療保険を利用することができます。重度医療で医療費は無料ですから、医師・看護師・理学療法士・作業療法士の訪問は無料です。
- 重度の患者さんの在宅介護ですから、特別障害者手当が毎月26,000円程度支給されます。
- その他、年金が少なければ、訪問介護の自己負担の軽減や、ショートステイの減免利用も可能です。
以上をフル活用すれば、費用の問題で劣悪な療養環境も改善されます。在宅医療においては、社会資本の利用方法も大事な情報なのです。
6.在宅医療で安楽死は不可能
小説・映画『いのちの停車場」で苦言を呈するとすれば、安楽死を描いたことです。これだけ影響力のある媒体で、在宅での安楽死を描いては、患者さんやご家族に在宅医療への不安を与えかねません。実際の、在宅医療では、私の経験でも積極的安楽死は皆無です。多くの皆様には、積極的安楽死などは現実には行われていないと安心して、在宅医療を始めてもらいたいものです。
7.まとめ
- 吉永小百合さんが主演の、映画「いのちの停車場」では在宅医療が描かれています。
- 在宅医療は、外来診療・入院診療と合わせて3つの柱の一つです。
- 在宅医療で頼りになるのは、医師でなく訪問看護師やケアマネなのです。