「胃ろうを入れるかどうか家族で決めてください。但し、時間がありませんので1〜2日中には答えをください」
ある日医師から突然こんな質問を投げかけられることがあります。全身状態が悪化した患者さんが、治療をしても口からの食事が回復しないときに、医師から家族に決定権を委ねられるのです。確かに、何もしなければ1〜2週で亡くなる可能性が高いために決断が急がれるのです。
普通の生活をしていて、いきなり「胃ろうを入れるか、入れないか」の決断を迫られても困ってしまうのではないでしょうか? そもそも、胃ろうって何? 胃ろうは入れないとだめなの? 胃ろうを入れたらどうなるの? 入れなかったらどうなるの? 疑問だらけです。
なのに、医師は決断を家族に迫ります。
今回の記事では、実際に胃ろう造設を行ったことのある認知症専門医が、体験と知識を元に、突然、胃ろう導入の決断を迫られたご家族が後悔しない選択をするための情報をご紹介します。
目次
1.胃ろうとは?
胃ろう(胃瘻)とは、人工的に皮膚と胃の間に穴を作ってチューブを通す処置のことです。胃ろう造設とは、口から内視鏡を入れる比較的簡単な手術のことで30分程度で完成します。
1−1.国内の胃ろう患者数
平成22年のデータでは、全国の胃ろう患者数は約26万人と推計されます。65歳以上の高齢者人口は、3,459万人(平成28年)ですから高齢者の130人に一人は胃ろうを使っていることになります。
1−2.歴史について。50年前はなかった
胃ろうという技術は、1979 年に米国で小児患者用に開発されたものです。
当初は、年を取って食事が取れなくなった人を想定していたわけでなく、あくまで障害を持った小児のために開発されたのです。
胃ろうがあれば、口から食事がとれなくても、栄養を補給することができます。昔は食事がとれなくなって衰弱すれば自然に亡くなっていました。しかし、今の時代では、家族が強く拒否をしない限り、衰弱すれば胃ろうが造設されます。命は助かりますから、長生きできます。しかし家族にとっては、胃ろうがなかった時代よりも、長い期間介護をしなくてはなりません。
1−3.メリットとデメリット
終末期においても、他の疾患の程度によっては、胃ろうで栄養補給をすることで存命することができます。
しかしその実態は、ほとんどが寝たきりです。5年以上生きられる方もいます。いつまで介護すればいいのかは誰にもわかりません。
認知症が進んで他にいろいろな症状が出る方もいますし、寝たきりでただ生きているだけの方もいます。こういう方でも、投薬や排泄物の処置、床ずれ防止のための体位変更など、家族の負担が莫大となります。
1−4.胃ろうの実際について。カテーテルの種類は4タイプある
胃ろうは、カテーテル(医療用に用いられる中空の柔らかい管)を設けて、栄養を体外のチューブから体内に送り込む方法です。
このカテーテルが抜けないように、胃内と体外の両方から固定版で止めています。胃内固定版は「バルーン(風船)型」 と「バンパー型」の2タイプがあります。また、 体外固定版は「ボタン型」と「チューブ型」の2種類があります。体外固定版のボタン型を使用すると、服を着てしまうと外見からは全く、胃ろうは見えません。
それぞれメリットとデメリットがあります。
1−5.海外では
海外では、高齢者に胃ろうを入れることは殆どありません。高齢あるいは、がんなどで終末期を迎えたら、口から食べられなくなるのは当たり前で、胃ろうや点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的であると、国民みんなが認識しているからです。
逆に、そんなことをするのは老人虐待という考え方さえあるのです。口から食べられない認知症高齢者の7割に胃ろうを付けているような国は日本だけなのです。
2.胃ろう導入に至る二つのパターンとは
胃ろう導入には賛否両論あります。胃ろう導入に至るには、実は大きく二つの病態があります。そのため、胃ろうを検討する場合に、対象をはっきりさせる必要があります。そうでないと、議論はいつまでも平行線になります。
この章では、この2つのパターンを解説します。
2−1.60〜70歳代で脳血管障害後遺症により食事がとれないケース
これは、60〜70歳代の方で脳血管障害(脳出血や脳梗塞)をおこし、嚥下障害が強くて口から食事がとれないケースです。患者さんは、年齢も若いため、食事に対する意欲もあります。しかし、うまく呑み込めないために食べ物が肺に入ってしまって、誤嚥性肺炎を繰り返してしましまいます。
このように若くて、食事に対する意欲もあるケースでは、私はぜひ胃ろうを入れたうえで、経過を見ていくほうが現実的だと考えます。
2−2.80歳以上の認知症の進行もしくは老衰の果てに食事がとれないケース
80歳以上の認知症が進行してしまった場合、もしくは認知症がなくても単に加齢による老衰で食事がとれなくなったケースです。
本来、このようケースは生命体として限界を迎えているのです。胃ろうという技術がなかった時代は、この後、数週間で自然に亡くなったものです。このようなケースで胃ろうを導入することは、私の親なら行いません。
3.「良い胃ろう」と「悪い胃ろう」がある
胃ろうは導入時の二つの病態によって、良い胃ろう、悪い胃ろうに分けることができます。
3−1.良い胃ろう・・積極的胃ろう
60〜70歳代で脳血管障害後遺症がある患者さんには、胃ろうも検討の余地があります。
この場合は、誤嚥性肺炎を繰り返して全身状態が悪化する前に導入することがコツです。導入して、最初は10割胃ろうから栄養補給をします。状態が落ち着けば、嗜好品だけを経口から摂取してみます。例えばプリン、ヨーグルトといったものを口から再開します。
胃ろうと経口の比率は、当初は9:1ですが、徐々に5:5にしていくなど少しずつ経口の比率を高めます。私の患者さんでは、結果的に全量経口摂取が可能になったケースもあります。
しかし、その場合でも胃ろうは残しておくことがコツです。感染症などで全身状態が悪化した時は、経口摂取を中止して、胃ろうから栄養補給をすることが可能だからです。このような胃ろう導入の方法を、「積極的胃ろう」と呼んでいます。
3−2.悪い胃ろう・・単なる延命
認知症の末期像もしくは老衰で口から食事がとれなくなった場合の胃ろう導入は単なる延命と考えます。
もちろん、食事がとれなくなった原因として、肺炎、心不全、脱水など原因があれば治療を行ってから検討します。原因疾患がない、もしくは改善しても口から食事が取れなければ、生命体として限界を迎えたと考えましょう。
私も、本来亡くなるべき段階の患者さんに、無理に胃ろうを導入して、足の末端が腐ってきたり、全身が浮腫んでしまったりと悲惨なケースも経験しています。これは、海外でいわれる、虐待ではないかと感じています。私の親であれば、このような決断は絶対にしないと決めています。
4.胃ろう導入後の患者さんはどこに?
胃ろうを導入された患者さんは、どこで生活しているのでしょうか? 実はご家族の介護負担はとても重くなります。
4−1.胃ろう患者さんの療養先
患者さんは、特別養護老人ホーム(特養)、老人保健施設、療養型病床群といった施設に加え、自宅で療養されています。
施設における胃ろう造設者の割合は特養が9%、老健が7%、療養型病床が28%です。この数字からわかることは、全国26万人の胃ろう患者さんの割に、“施設で見ている患者さんが少ない”ということです。
これには理由があります。国は、看護職員(看護師・准看護師・保健師・助産師)しか胃ろうへの栄養剤の滴下ができないと指導しており、一方で、胃ろうを理由に入所受入を拒否してはいけないと指導しています。一般の介護職員では、栄養剤滴下ができないにも関わらずです。(平成24年4月から法改正により一定の研修を修了した介護職員ができるようになりましたが、この研修には費用がかかります。)
介護施設では看護職員が少ないので、胃ろう造設者の受入数に限度が起きてしまいます。現在の2つの指導内容は矛盾しているのです。
4−2.なぜ自宅で看るしかできないのか
介護職員のすべてが胃ろうへの栄養剤滴下をできるわけではありません。しかし家族は行うことができるのです。
そのため、施設で受け入れられない場合に、やむを得ずに自宅で家族が介護しているケースも増えています。
ちなみに胃ろう造設者の、90%以上が寝たきりで、12%が胃ろう造設後5年超経過しています。自宅で看るには相当の負担です。つまり、安易に胃ろうを導入しても療養してもらえる施設の枠は限られており、結果として、家族に重い介護負担を負わせることになっているのです。
5.なぜ胃ろうが導入されるか?
講演等で、『胃ろうを増設してまでも長生きをしたいですか?』とお伺いしても多くの方が、首を横に振られます。ならば、そもそも胃ろうはなぜ導入されるのでしょうか?
5−1.入院日数制限のため
現在の制度上、急性期病院で患者さんが運ばれてきても、入院は1か月以内に抑えたいものです。ですから、じっくり嚥下リハビリを行って経口摂取を回復させる時間はありません。そのため、胃ろうを増設して早く退院してもらうしかないのです。
5−2.胃ろうを導入しないで病院で死ぬことはできないから
病院は治療するところです。治療しないで、亡くなることはできません。胃ろうしか治療の方法がない状況で、胃ろうを作らなければ退院してもらうしかありません。
結果、家族はやむを得ず胃ろうを導入するしかなくなるのです。「胃ろうだけは導入して欲しくない」と本人、家族が望んでも医療を取り巻く事情からやむを得ず胃ろうを導入する方もたくさんいらっしゃるのです。
しかし、胃ろうを導入しても、入居させてくれる施設は限られています。自宅での介護も相当に大変です。できれば、胃ろうを導入しないで病院で看取ることを可能にしてもらいたいものです。
6.実際に胃ろうを導入しなかったケース
胃ろうの導入するか否かは、結局は家族の意志です。その後どうなったか、私の経験と伝聞から胃ろうを導入しなかったケースを紹介します。
6−1.胃ろうを入れないで家族からありがとう
昔、基幹病院で働いていた時にとても感謝されたことがありました。脳出血で緊急入院急性期治療により、命だけは取り留めるも経口摂取は回復せず。そろそろ胃ろうの導入と考え家族に提案。その際、実の娘さんから『胃ろうだけはやめてください。自宅に引き取って、自宅で看とりたい』と訴えられました。
このようなケースでは、実の娘さんが希望されると叶えられるものです。長男のお嫁さんが同じことを言えば『冷たい鬼嫁』と言われるのがオチです。
このケースでは、患者さんは実の娘さんのリーダシップで自宅に帰り、美味しそうに一口だけビールを飲まれたそうです。しかし、栄養を維持するほどの経口摂取はできず、退院後4週間で自宅で亡くなられました。亡くなられてから、身内6名の方が『先生、ありがとうございました。こんな満足できる看取りができたのも先生のお蔭です』とわざわざ来院されました。正直、自分がしたことは紹介状を書いただけです。そのため、少し照れてくさい思いでした。現在、私は在宅医療をおこない年間60〜70名の方の看取りを実践していますが、このときの経験が一因です。
6−2.生き方上手の日野原先生は死に方上手
ベストセラー「生き方上手」の著者であり、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が、105歳で平成29年7月18日にお亡くなりになりました。日野原先生は、食事がとれなくなった段階で胃ろう等の延命治療は拒否。自然死を選択され、素晴らしい最後を実現されました。
やはり、「生き方上手」な日野原先生、「死に方上手」でもありました。これからは終末期の説明で、「日野原先生も、胃ろうをつくらずに自然にお亡くなりになりましたよ」と参考にしていただけそうです。人間は、“食事がとれなくなったら最期”。多くの方が、そんな当たり前のことを当たり前に選択してほしいものです。
7.まとめ
- 高齢者に導入される胃ろうは、日本特有で、海外では「老人虐待」との考え方もあります。
- ただし、60〜70歳代の脳血管障害後遺症の嚥下障害の患者さんには、「積極的胃ろう」も検討しましょう。
- 胃ろうの導入に迷ったら、生き方上手の日野原先生の死に方上手を参考にしてください。