我々、脳神経内科医は人の表情筋を見ることがクセです。公共交通機関の中でも、「この方は脳血管障害の既往がある」や「この女性は、普通では分からないが過去に顔面神経麻痺になった」など表情筋を見るだけで分かるものです。そんな多彩な情報を与えてくれる表情筋ですが、加齢に伴い衰えてきます。
そのことは美容的な問題だけでなく、将来の健康寿命にまで直結します。今回の記事では、脳神経内科医が表情筋の正しい知識と、健康的な表情を作るトレーニング方法をご紹介します。
目次
1.表情筋とは?
表情筋は、頭部の筋、眼の周囲の筋、鼻部の筋、口周りの筋に分けられます。表情筋の支配神経は顔面神経です。顔面神経は、顔面の筋肉を動かす大事な神経です。この神経は眼、鼻、口唇のそれぞれの筋肉に分布します。
急性の顔面神経麻痺では、ある日突然顔の半分、あるいは一部分が思うように動かせなくなります。症状は、顔の半分が意のままに動かないということで、その結果、「眼を閉じることができない」、「片方の口角が下垂する」、「口から水がこぼれる」などの現象がみられます。10代や20代の女性がこの病気になると、顔が傾いたようになるので相当にショックを受けられます。幸い、ほぼ自然に治癒するので心配はありません。
2.表情筋トレーニングを行うメリット
加齢によって表情筋は衰えて弛緩すると、シワ・たるみが発生します。CTやMRIによる表情筋の加齢変化の報告では、表情筋は加齢によりゆるむのではなく、逆に硬く、短くなることが確認されています。それを防ぐには、表情筋トレーニングによって筋肉がほどよく収縮した状態を維持させることが大切です。
2-1.笑顔がきれいに出せる
人間は脳神経の7番目の顔面神経によって、額、目の周囲、頬、口の周囲の筋肉を使って表情を作っています。表情筋を動かすことでとても表情が豊かになります。したがって笑顔の少ない方が、表情筋トレーニングを行うと最初うまく動かせていないこともあります。しかし定期的に行うことで表情筋は鍛えられ、とても素敵な笑顔が作れるようになります。
2-2.シワ・たるみが改善する
表情筋トレーニングを行うことでシワ・たるみが改善する可能性があります。これは、頬の筋肉に適度な緊張が得られることで、頬が持ち上がるためです。
2-3.むくみが取れる
表情筋を動かすこと血流やリンパの流れが改善します。その結果むくみが取れることで、顔が小さくメ見える効果が期待できます。
3.表情筋トレーニングの方法
表情筋トレーニングは、顔面神経の支配領域に沿って行います。以下の動きを行うと、思いのほか筋肉がこわばっていて、これらの筋肉を動かしていないことに気が付きます。表情筋トレーニングは、硬く、短くなった表情筋がほどよく収縮した状態を維持します。自分は、通勤の車の中で毎日行っています。顔の筋肉を動かすと全身を動かしたような爽快感を得ることができます。是非おすすめです。但し、電車の中では、異様ですのでやめましょう。
3-1.額の筋肉
額の筋肉を上下に動かします。10回ほど、額にしわを寄せてみましょう。イメージとしては、額にしわを寄せる感じです。目で上の方を見るようにすると自然に額の筋肉を動かすことができます。
3-2.目の周囲の筋肉
両目を思い切り開きましょう。それから、両目を思い切り閉じましょう。これらの両目の閉眼を10回ほど行います。
3-3.口の周囲の筋肉
まずは思い切り大口を開けましょう。これ以上開かないぐらいのイメージです。その後、思い切り口をつぼめます。これを10回ほど行いましょう。この運動をすると、顔中の筋肉を使っていないことを自覚するのではないでしょうか?
次いで、口角から頬をを思い切りもち上げましょう。ここの筋肉がこわばっている人がもっと多いようです。イメージは、笑うときに眼だけでなく、顔全体で笑うイメージです。
4.日頃から、表情筋トレーニングで笑顔を
私は年間50回ほど講演をさせていただいています。講演の際に、内容に応じてうなずいたり、笑ってくれる聴衆がいると、演者も乗ってきて講演会の雰囲気が良くなってきます。ときどき何を話しても、笑顔一つ見せずに難しい顔をしている方が見えます。正直、演者としてやりにくいものです。
そんなときは参加者の方に、ご紹介した「表情筋トレーニング」を無理やり行ってもらいます。そうすると、強制的な笑いであっても、その後はとても笑顔が増え、講演会場の雰囲気が良くなります。
こんな言葉があります。『幸せだから笑うのではない、笑うから幸せになるのだ』。笑顔が素敵な人の周りには、笑顔が素敵な人が集まってきます。結果として幸せになるのです。まさに笑顔のキャッチボールです。日々難しい顔をして生活してる方にこそ、表情筋トレーニングはお勧めです。
5.健康寿命のために
高齢になるにつれて、口の働きは低下します。なぜ低下するのか、それは口をだんだんと使わなくなるためです。若い頃のように活動し、よく笑い、なんでもしっかりと噛んで食べることができれば、顔の筋肉もよく動くので、意識して動かす必要はありません。
しかし、高齢者の方は加齢および疾患による障害やまひなどで身体が動かしづらくなり、人との交流の機会が減り、笑うことやおしゃべりすることが少なくなってしまいがちです。
また、むし歯や歯周病により歯を失ってしまい、柔らかいものばかり好んで食べるようになると、口のまわりの筋肉はますます動きにくくなってしまいます。食べたり、飲んだりすることが難しくなってきてしまうのです。
筋肉は使わないでいると、だんだんと動きにくくなり、筋肉がスムーズに協働して成り立っている口の働きも低下します。表情筋トレーニングをすることは、筋肉の動きの改善につながります。つまり、口の働きの改善や誤嚥性肺炎の予防にもつながるのです。
6.まとめ
- 表情筋トレーニングは、笑顔を素敵にし、しわ・たるみを改善します。
- 表情筋トレーニングをすると、常日頃顔面の筋肉を十分に使っていないことが分かります。
- 表情筋トレーニングは、経口摂取を維持し、誤嚥性肺炎を予防することで健康寿命につながります。