診察室で「運動をしていますか」と尋ねると、「毎朝30分歩いています」「週に2回ジムに通っています」と答える方が増えました。健康への関心が高まっていることは、とても良いことです。
しかし生活全体を聞くと、朝に歩いたあとはテレビの前で数時間、仕事中はパソコン、移動は車、夜はソファという方も少なくありません。運動はしていても、一日の大部分を座っているのです。
ここで知っていただきたいのは、「運動不足」と「座りすぎ」は別の問題だということです。運動習慣があっても、長時間座り続けていれば、健康への悪影響を完全には打ち消せない可能性があります。
目次
第1章 座っている間、体では何が起きているのか
長時間座っていると、太ももやふくらはぎなどの大きな筋肉がほとんど働かなくなります。
筋肉は体を動かすだけでなく、血液中のブドウ糖を取り込み、エネルギーとして消費する役割を担っています。下半身の筋肉を使わない状態が続けば、糖や脂質の代謝が低下し、血糖値や中性脂肪が上がりやすくなります。
また、ふくらはぎは下半身の血液を心臓へ戻すポンプの役割を持っています。座ったまま動かなければ、この働きが低下し、足のむくみや血流悪化につながります。
約48万人を平均12年以上追跡した研究では、仕事中に主に座っていた人は、あまり座らずに働いていた人に比べ、全死亡リスクが16%、心血管疾患による死亡リスクが34%高かったと報告されています。
座りすぎは、糖尿病、高血圧、肥満、心臓病などがある人ほど影響が大きくなる可能性があります。もともと代謝や血管に負担があるところに、筋肉を使わない時間が重なるからです。
第2章 運動していても座りすぎは帳消しにならない
「毎日歩いているから、何時間座っていても大丈夫」と考える方がいます。しかし、朝の運動だけで、その後の長時間の座位をすべて帳消しにできるとは限りません。
研究では、身体活動が少なく、一日10時間を超えて座る人は、活動的で座る時間が短い人に比べ、死亡リスクが高いことが示されています。一方、十分な運動習慣がある人では、そのリスクが低くなることも分かっています。
つまり必要なのは、「運動すること」と「座り続けないこと」の両方です。
座りすぎの影響は体だけではありません。身体活動が減ると、脳への血流や刺激も減り、気分の落ち込み、睡眠の質の低下、認知機能低下などとの関連も指摘されています。
認知症専門医としても、高齢者の座る時間には注意が必要だと感じます。外出が減り、テレビの前で過ごす時間が増えると、筋力だけでなく、人との会話や生活の刺激も失われます。
座る時間を減らすことは、生活習慣病だけでなく、歩行能力や社会参加、脳の健康を守ることにもつながるのです。
第3章 必要なのは激しい運動ではなく「こまめに立つ」こと
座りすぎ対策と聞くと、「毎日ジムに行かなければならない」と考える方がいます。しかし、最初に取り組むべきことは、もっと簡単です。
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」でも、座りっぱなしの時間が長くなりすぎないよう注意し、少しでも多く体を動かすことが勧められています。
目安は、30分に一度、立ち上がって少し動くことです。
電話は立って話す。テレビのコマーシャル中に立つ。飲み物を自分で取りに行く。コピーや書類を自分で運ぶ。会議の一部を立って行う。こうした小さな行動でも、一日に何度も積み重ねれば大きな差になります。
高齢者の場合は、無理に立って転倒しては本末転倒です。椅子に座ったまま足踏みをする、かかとを上げ下げする、足首を回すだけでも構いません。
重要なのは、長時間まったく動かない状態を続けないことです。
ただし、立ち続けることにも腰痛や足の疲労などの問題があります。「座る、立つ、歩く」をこまめに入れ替えることが理想です。
おわりに
健康のためには、ウォーキングや筋力トレーニングが大切です。しかし、それと同じくらい重要なのが、日常生活の中で座り続ける時間を減らすことです。
「一日30分運動したから大丈夫」ではありません。残りの時間に、どれだけ立ち、歩き、筋肉を使っているかが重要です。
特別な器具やスポーツウエアは必要ありません。まずはこの記事を読み終えたら、一度立ち上がって、その場で足踏みを10回してみてください。
健康を守る第一歩は、遠くまで歩くことではありません。
今座っている、その椅子から立ち上がることなのです。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。