『親御さんの年金額は幾らですか?』 これは私が認知症専門外来でお伺いする質問です。
初めてお会いしたご家族は、この質問に一瞬驚いた表情をされます。しかし今の時代、年金額を知らずして満足な診療はできないのです。
これは決して「患者さんの財産次第で医療を変更する」のではなく、「病院での診察だけではなく、ご本人とご家族の費用と手間の負担がなるべくないような介護体制を組むにはどうしたらいいか」を考えているからです。
介護にはお金がかかります。ですから2か月に1回支給される年金はとても大事です。しかし「近い将来必ず破綻する」という情報を聞いて、払っていない方も少なくありません。
今回の記事では、年金制度がどれだけ優れた制度であるか、そして年金制度の将来についてファイナンシャルプランナー資格をもつ認知症専門医である長谷川嘉哉がご紹介します。
目次
1.介護生活にいくらかかるのか
一般的には、介護生活は「在宅で」と考えられる方が多いです。
家族の介護の負担を極力減らすべく、デイサービスやショートステイを十分に使うとすると、おおよそ3万円前後の自己負担額が必要と考えてください。(介護度により若干差はあります)
施設に生活の主軸を置く「入所」はさらに費用がかかります。おおよその額を下の表に示しました。かなり差がありますが、一般的には特養・老健で月額10万円前後、グループホームが月額15万円前後、有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅が20万円前後と考えられるとよいでしょう。
施設の区分 | 入居金など初期費用 | 月額利用料 |
特別養護老人ホーム | 不要 | 6~15万円 |
介護付き有料老人ホーム | 0〜1億円以上 | 12~35万円 |
サービス付き高齢者向け住宅 | 敷金・事務手数料 | 5~25万円 |
グループホーム | 数十万円台 | 12~20万円 |
これらの費用を「年金でまかなおう」と考えられている方はかなりの数いるかと思われます。
2.年金はいくらもらえるのか
では、年金はどの程度貰えるのでしょうか? 実は、多くの皆さんが思っているよりは少ないと感じられるのではないでしょうか?
2-1.支給額の目安
厚労省が発表している資料によると、2015年の平均年金支給金額は国民年金で5万5,244円、厚生年金で14万5,305円となっています。
2-2.夫婦二人ではどうなる
仮にご主人が厚生年金であって、比較的支給額が多くても、奥様が専業主婦の場合は、奥様の分は国民年金となるので注意が必要です。
先ほどの、2015年の平均年金支給額で考えると、ご主人が14万5,305円は比較的余裕があっても、奥様が国民年金で5万5,244円ですと、世帯合計は20万549円。1人当たりでは、10万274円ととても十分ではありません。これでは、夫婦仲良く長生きをすることもできません。
これからの時代は、夫婦で働いてそれぞれが厚生年金(国民年金の方は国民年金基金)を持つことが大事です。それができなければ、男性は早めに身を引いて、奥様に遺族年金を残すしかないのです。
2-3.個人差は「ねんきん定期便」で確認
毎年誕生日の後に送られてくるねんきん定期便は必ず確認しましょう。ただし、ねんきん定期便の計算方法が50歳を境に変わることには注意してください。
- 50歳未満の人に届く「ねんきん定期便」に掲載されている「年金見込額」は、「これまでの加入実績に応じた年金額」です。この金額は、これまで納めた保険料のみで計算されています。ですから、これから60歳までに納めるであろう保険料は計算に入っていません。そのため、毎年年金を払うにしたがって見込み額は、増えていきます。
- 一方、50歳以降は、ねんきん見込額は現状の給与のまま60歳まで収入があり、それに応じた保険料を納付した場合の年金額です。つまり、給与が変わらなければ50歳以降の年金見込み額は殆ど変わらない数字が毎年届くことになるのです。
- ちなみに、計算方法を変える理由は
「一般的に中高齢以降、毎年の起算日に登録されている報酬月額をもとに、将来もらえる年金額をより具体的に提示し、いざとなってあわてない様にという主旨。また、若いうちは60歳まで遠すぎて、見込額の予測は現実的ではないために50歳以前と50歳以降とで計算方法を異なるように設定」とのことです。
3.介護費用負担額を抑えるためには
介護にはお金がかかります。そのため、老後を年金受給額内で生活するためにはどうすれば良いでしょうか?
3-1.夫婦とも健康でいること
これが最も大事です。夫婦とも健康であれば医療費も介護費用負担も不要です。是非、若いうちから健康に気をつけたいものです。
3-2.介護が必要になってもできるだけ在宅で介護を
在宅で介護する場合、月額3万円前後の負担で何とかなるものです。正しい介護度を認定してもらい、デイやショートステイをフルに使うことが介護の負担を減らします。
介護認定については以下の記事を参考になさってください。
3-3.限界が来たら施設に入るための経済的準備を
経済的負担を減らすための在宅介護も限界を迎えることがあります。それでも無理して在宅介護を続けると介護者の介護うつを生むことさえあります。できれば施設に入れるだけの経済的準備をしておきたいものです。
介護うつをなぜ予防しなくてはならないのかについては、以下の記事をご一読いただければと思います。
4.年金の不足を補う方法
介護費用の負担金と年金の差額を何で埋めるべきでしょうか?
4-1.貯金
やはりオーソドックスですが貯金が大事です。サラリーマンの方であれば、退職金は子供世代に安易に与えることなく、自身のために使いましょう。
4-2.国民年金の方は国民年金基金と小規模企業共済は必須
自営業者などで、夫婦とも国民年金の方はより注意が必要です。先ほどの平均では夫婦それぞれが受給できる国民年金額は5万5,244円です。これではとても生活はできません。また自営業者の方は退職金もありませんから貯金にも不安があるのです。そのため、自営業者の方には、以下がお勧めです。
・国民年金基金で年金の穴埋めを:会社員等の方との年金額の差を解消するために創設された公的な年金制度です。国民年金(老齢基礎年金)とセットで、掛金の上限は月額6万8,000円です。掛金は、全額が所得控除の対象となり、所得税や住民税が軽減されます。
・小規模企業共済で退職金を:小規模企業の経営者や役員、個人事業主などのための、積み立てによる退職金制度です。掛金月額は、7万円までの範囲内で自由に選択できます。掛金は全額を所得控除できるので、高い節税効果があります。将来に備えつつ、契約者の方がさまざまなメリットを受けられるおトクな制度です。
4-3.民間の個人年金
個人年金保険は、毎月一定額を積み立てておき、所定の年齢から年金を受け取ることができる貯蓄型の保険です。年金の受け取り方は、5年、10年、15年など一定期間、確実に受け取れる「確定年金」と、一生涯受け取れる終身年金に、5年・10年などの分は確実に受け取れる保証期間が付いた「保証期間付き終身年金」が主流です。
年金受取の途中で本人が死亡した場合は、確定年金の残りの期間分や、保証期間付き終身保険の保証期間の残りの分は遺族に支払われます。なお、年金受取開始前に死亡したときは、既に払い込んでいる保険料の累計額が「死亡給付金」として支払われるケースが一般的です。
現在は、低金利ですので以前ほどのメリットは減りましたが、個人年金保険料控除を受けられます。1年間に支払った個人年金保険料のうち、所定の額を所得から控除することができ、それによって、所得税と住民税を軽減することができます。現在でも、実質負担額を考えるとお得です。
私も20歳代から加入していますが、当時は支給開始の60歳が相当先に思えていました。しかし、52歳になった今、ゴールが見えてきました。やはり地道な積み立ては大事です。
4-4.特別障害者手当を検討する
在宅で介護をしている場合もしくは、在宅扱いのグループホーム、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅で生活している場合は、特別障害者手当の適用を検討しましょう。認定されれば月額26,000円程度の支給が受けられます。
受給資格については以下の記事で詳しく説明しています。
5.年金制度は破綻しない。その理由
年金制度は極めて優れた制度であり、私個人としては今後も制度は維持されると思っています。
5-1.年金制度は老齢年金だけでない
以下は私が以前に新聞に投稿した文章です。
「神経内科を専門としているため50歳代で脳血管障害になる方を診察することが多い。そこで医師の目から年金について申し上げたい。
通常、入院により働けなくなった場合、最初に傷病手当(国民健康保険は除く)が18ヶ月、月額基本報酬の2/3支給される。障害が残った場合は、障害年金が支払われる。さらに不幸にして死亡した場合は、遺族年金が支払われる。
以上のような保障の後、老齢年金が支給されるのである。現在の年金議論はあまりに老齢年金支給に片寄っていないだろうか。このような優れた保険は民間では作ることはできないのだから。」
5-2.年金制度の破たんは、国の破たん
「将来、年金制度が将来破綻する」という言葉をよく聞きます。しかし、年金制度は国と国民の契約事項です。これが守られなくなった時点で国家は成立しません。ですから、国はあらゆる手段を使って年金制度は守ると思います。もちろんインフレが加速して、実質的な価値が目減りすることはあるでしょう。それでも、払い込んだ額に応じての支給は必ずされます。
現在、私の外来でも本当に困っている人は、年金をかけてこなかった「無年金者」です。彼らの生活を支えている、子供さんたちにすれば「なぜ親たちは年金を払ってこなかったんだ!」という気持ちです。
5-3.年金制度が破綻したら、国より前に民間企業が破綻?
民間の保険会社のセールストークに、「国の年金制度はあてにならないので、個人で年金を作りましょう」というものがあります。私は、このセールストークには違和感を感じます。年金制度が破綻した時は、それ以前に民間企業が先に破たんするでしょう。やはり、国の年金を優先して払っておく方がベターです。
6.個人事業主は派手な生活に注意
現在の年金制度では、国民年金だけでは老後の生活は十分ではありません。外来をやっていると、社会的地位の割に年金が少ない方が見えます。その代表が士業の方々です。つまり、弁護士、税理士、会計士、社会保険労務士等の方々です。
開業しても、多くの方が国民年金であるためです。さすがに職業柄、国民年金基金に入ったり、貯蓄等でカバーされているようです。ただし、どこの世界でも例外はいるようです。先日も、元税理士さんで、国民年金のみで貯蓄も殆どない方が受診されました。独居であり、入所してもらいたいのですが、お手上げ状態です。
また、医療法人化していない医師や歯科医の開業医も注意です。開業医は、概して収入の割に生活が派手な方が多いようです。少し儲かると外車に乗っています。そのうえ、子供さんが後を継ぐとなると、教育費も相当なものです。
結果として、貯蓄は乏しい上に国民年金しかないのです。そんな開業医の身内からのご相談が本当に多いのです。
やはり、社会制度を理解した上で、身の丈に合った慎ましやかな生活が大事だと思われます。この国は、知っている者が得をする国です。知らなければ、誰も教えてはくれないのです。
7.まとめ
- 現在の年金制度はとても優れたものです。
- しかし、介護が必要になった場合に、多くの方は年金だけで負担を補うことはできません。
- 若いころから健康に気をつけながら、経済的基盤を作ることが大事です。