認知症における相続の「争族」を回避!FP資格の認知症専門医が解説

認知症における相続の「争族」を回避!FP資格の認知症専門医が解説

医療法人ブレイン土岐内科クリニックは認知症を専門に診察しています。通常、普通の診療所は、裁判所や弁護士さんとはあまり縁がないものです。しかし最近、月に1回は裁判所もしくは弁護士さんから連絡が入ります。これらはすべて相続に関するものです。

具体的には、「貴院受診時の患者さんの遺言作成能力は?」「遺言を書くことを患者さんは了承していたのか?」「貴院受診時のカルテ内容をすべて開示してください」などというものです。これらは、いずれもせっかく遺言書を残したのにかえって遺族間の争いになったケースです。

ちなみに相続の話をすると、多くの方が「自分には相続争いになるほどの資産はない」と答えられます。しかし、相続争いが裁判にまで至ってしまうケースのうち約75%が資産総額5,000万円以下です。つまり、相続による争族は誰にでも起こり得るのです。

今回の記事は、ファイナンシャルプランナー資格を持つ、認知症専門医の長谷川が、争う相続(=争族)を回避するための遺言作成方法についてご紹介します。なお、遺言を書いておくべきケースについては、以下の記事も参考になさってください。

専門医が解説!認知症患者の遺言と「絶対に書いておくべき」事例とは

目次

1.相続とは

相続とはある人が死亡したときに、死亡された人の財産を配偶者や子などの親族が財産を引き継ぐことを言います。なお、相続ができる相続人は民法で定められています。つまり、相続における争族は以下の相続人たちによって起こります。

  • 第1順位:死亡した人の子供・・子供がすでに死亡している場合は、その子供の直系卑属(子供や孫など)が相続人となります。死亡した人により近い世代である子供の方を優先します。
  • 第2順位:死亡した人の直系尊属(父母や祖父母など)・・第2順位の人は、第1順位の人がいないとき相続人になります。死亡した人により近い世代である父母の方を優先します。
  • 第3順位:死亡した人の兄弟姉妹・・第3順位の人は、第1順位の人も第2順位の人もいないとき相続人になります。
Time to make a will
全員の意思を確認しておきましょう

2.認知症の相続でなぜもめる?

なぜ、私の認知症患者さんは死後相続でもめることが多いのでしょうか? 外来をやっていると概ね以下のことが原因のことが多いようです。

2-1.本人の意思がわからない

認知症患者さんの闘病期間は長期間に及びます。特に亡くなる前の数年間は、記憶障害が強く、なかには感情も不安定になっています。そのような状態で、そもそも認知症患者さんが、自分の財産を子供たちにどのように分けたいかなどの意思があったかどうかがはっきりしないのです。

2-2.そもそも遺言がない

認知症になってからの意思がはっきりしなくても、健康な状態での遺言が作成されていれば問題は起きません。しかし残念ながら、日本における年間死亡者数約130万人に対し、公正証書遺言書の作成数は10万件程度。公正証書遺言書の作成率は8%弱でしかないのです。

2-3.全身状態が悪化した時点で遺言を作成

患者さんの全身状態が悪化して、認知症どころか生命体としての危機が迫った状態で遺言を作成される方が、結構いらっしゃいます。私の経験では亡くなる2週間前に突然、信託銀行の担当者2名がやってきて、本人と面談の末、遺言を作成したケースもあります。正直、信託銀行の方のモラルも疑われるケースでした。

2-4.特定の相続人のみが遺言作成に関与で

遺言を作成する際に特定の相続人が主導されるケースももめる原因です。他の相続人は、まったく知らないうちに遺言が作られている。そもそも、その時に患者さんは認知症がかなり進行していた。そうすると、主導した特定の相続人に対して、他の相続人は疑念を抱いてしまいます。

2-5.平等性を欠いた内容

その上、遺言の内容が著しく平等性を欠いていると、相続人の間でもめることは必至です。確かに、誰が介護の中心的役割を担っていたかなどで、思いはあります。しかし、最低限、遺留分を侵害しないように遺言を作成しないと、侵害されている相続人から「遺留分減殺請求」を起こされてしまいます。

*遺留分:法定相続人のうち兄弟姉妹以外の相続人に認められいます。相続人の遺留分は法定相続分として一定の割合が定められています。

例)妻と子2人を残して夫が死んだ場合、法定相続分では、妻が2分の1、子が4分の1ずつとなります。このときの遺留分は、妻が4分の1、子が8分の1となります。

*遺留分減殺請求:遺留分を侵害されている相続人が、遺留分を侵害している受遺者や受贈者に対してその侵害額を請求すること。

woman pointing her finger against and blame her husband
実際に介護をしていた方、金銭的支援をしてきた方、などが入り乱れて争いになることがあります

3.認知症発症前に相続を穏便に済ませるコツ

「争族」を発生させないためのコツをご紹介します。認知症を発症前であれば以下がお勧めです。


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3-1.公正証書遺言を

遺言には、自分で遺言の全文・氏名・日付を自書し、押印する「自筆証書遺言」と本人と証人2名で公証役場へ行き、本人が遺言内容を口述し、それを公証人が記述する「公正証書遺言」があります。

しかし、自らが自書(手書き)で作成する自筆証書遺言」は、正しい遺言書の書き方でないと無効となってしまいます。そのため書かれた通り成立したのは、たったの3%しかありません。遺言を書くなら公正証書遺言です。

3-2.相続人全員に関与

自らの意思で、遺言作成を行いましょう。その際には、ある程度は相続人にも遺言を公正証書として書いたことと、ある程度の内容を伝えておくことが大事です。

3-3.遺留分を意識して、定期的に見直しを

せっかく書いた遺言に対して、遺留分減殺請求を起こされないように、遺留分は守った内容を作成しましょう。ただし、遺言作成後にも遺産が増えると、遺留分を侵害してしまうことがあります。そのため、定期的な遺言の見直しが必要になります。ちなみに、私は45歳で初めて遺言を作成し、2年ごとに内容を見直しています。

Japanese last will and treatment
認知症になる前に、正しい書式で遺言を残しておくことが大事です

4.絶対的な平等はあり得ないを補う「付言事項」

簡単に言えば、付言事項は、相続人に対する「心配り」です。

遺言において、完全な平等はあり得ません。例えば、100万円の遺産を3人の子供で割ろうとしても、割り切れません。

遺言と同時に、付言事項が重要です。付言事項とは、「本文」では書けないメッセージを記載します。これを利用することで金額や土地の面積といった数字ではない「思い」を伝えることができます。

たとえば,遺言で多くの財産を特定の者に相続させることにした理由、親族の融和や家業の発展を祈念する旨を記載します。これらは法律上の効力はありませんが,遺言者の最後の意思を表明したものです。例えば、「財産の分割は完全には平等ではなかったが、愛情は皆に平等であった」などの付言事項があれば、「争族」を防止する効果が期待できます。

私自身も、付言事項を書いたことで、遺言を作成してよかったと感じたものです。言い換えれば、「遺言は、残された相続人に言葉を残すために書く」のです。

*付言事項:法律に定められていないことを遺言書で付言する事項のことをいいます(法定外事項)。

5.遺言作成時の認知機能の証明書もセットで

過去の判例では、認知症であった場合でも、内容によって有効、無効それぞれがありました。しかし認知症でなければ、遺言はけっこうな数が有効になります。そのため必須ではありませんが、認知症専門医の診察を受けて、「認知症ではない」という診断書をもらってからの遺言作成は相当に信憑性が高まると思われます。

6.認知症発症後に相続を穏便に済ませるコツ

残念ながら、認知症を発症した場合、どうすれば争族を避けることが出来るでしょうか?

実は、遺言以上に力を持つものに、遺産分割協議書があります。遺産分割協議書とは、全ての相続人が遺産分割協議で合意した内容を書面に取りまとめた文書のことでです。

確かに遺言は、被相続人が亡くなる前の最後の意思表示であり、相続人はこれに束縛されることになります。けれども相続人の間で協議を行い、相続人全員が納得のいく遺産分割ができれば、遺言に束縛される必要はなくなります。

つまり、遺言があろうがなかろうが、相続人が話し合いで納得できる遺産分割ができるような人間関係を作っておくことが大事です。そのためにも出来るだけ皆が介護に参加、できれば定期的に顔を合わせることが必要です。良好な家族関係のためには以下の記事も参考になさってください。

7.まとめ

  • 相続における、争族は、資産が少ないほど起こりやすくなります。
  • 争族を行うには遺言が有効ですが、健康なうちに相続人を巻き込んで作成しましょう。
  • 認知症を発症してからの遺言は、かえってトラブルの元になることさえあります。

 

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