認知症専門外来をやっていると、相当認知症が進行していても「百人一首がスラスラと言えたり」「古典の一説をそらんじたり」「歴代の天皇陛下の名前が全部言えたり」する方がいらっしゃいます。
現在の高齢者の方は、子供のころに意味もわからないまま、無理矢理、百人一首や古典や歴代の天皇陛下の名前を憶えさせられたのです。いわゆる「詰め込み教育」です。数分前のことは覚えていないのに、子供のころに覚えた事は忘れない姿は、どこか高貴でさえあります。認知症になっても残る知識、これこそまさに教養ではないでしょうか?
最近では昔の「詰め込み教育」に対して、「ゆとり教育」がはやりです。今回の記事では、無意味な詰め込み教育こそ意味があることを認知症専門医の立場からご紹介します。
目次
1.詰め込み教育とは?
詰め込み教育とは簡単に言うと、知識をひたすら頭の中に詰め込む事に力点を置いた教育です。もっぱら暗記に比重を置いたり、知識量の増大を目指す教育方法です。1970年代(1979年まで)までの日本の教育現場で取り入れられていたのが、詰め込み教育ですから、現在40歳以上のかたは「詰め込み教育世代」といえます。
2.詰め込み教育に対するゆとり教育
ゆとり教育とは簡単に言えば、知識の暗記に費やしていた時間を一部削って、生徒の自主的な行動に支えられた「考える力」を伸ばそうとする教育です。つまり、詰め込み型教育が知識の習得に重点を置いているのに対して、ゆとり教育は思考力の伸長に重点を置いているといえます。
3.認知症予防の一つは、基礎学力を高く
認知症を予防するには、基礎学力を高くすることも一つの方法と考えられています。
3-1.基礎学力とは?
基礎学力とは、読み・書き・計算を指します。基礎学力が無ければ、「考える」ことも「コミュニケーションを通じて意思疎通を図る」ことも「提案する」ことも「シミュレーション」することも、何一つ出来ません。
3-2.一度体得した基礎学力は失わない
基礎学力は、繰返し「訓練」することで、一生使える力になります。繰り返し訓練することは、「体得」、つまり得た能力が文字通り体に沁み込むことです。例えば、多くの人にとって身近な掛け算の九九も、「学習」「訓練」をするからこそ体得となり、一生活用できているのです。そんな基礎学力は、加齢や認知症で多少機能が落ちたぐらいでは、落ちないのです。
3-3.詰め込み教育は認知症予防になる
詰め込み教育において、意味のわからないことをひたすら覚えさせることは、繰り返しの訓練です。一見意味のない記憶でも、繰り返すことで、長期記憶として脳の倉庫にしまい込まれます。一度、倉庫にしまい込まれたものは、いくつになっても、多少認知症になっても思い出すことが出来ます。つまり、そんな一生思い出せるような記憶をできるだけたくさん持つことが、認知症予防にもつながるのです。
4.やはり最低限の詰め込み教育が必要
実は、現在のゆとり教育では、詰め込み教育は排除されています。しかし、一方でゆとり教育も中途半端になりがちです。
4-1.基礎学力もなく、考える力もない「形無し人間」を防ぐ
カリキュラムだけゆとり教育になって、考えるトレーニングがされないと。基礎学力も考える力もない人間が形成されてしまいます。そもそも土台となる基礎的知識の少ない人に、「考えなさい」といっても考えることさえできません。
五代目中村勘九郎さんと立川談志さんは、「型がある人間が型を破ると『型破り』、型がない人間が型を破ったら『形無し』ですよ」と言っています。どうも、形無し人間が増えているようです。
4-2.基礎学力格差も広がっている
気をつけなければいけないのは、義務教育でゆとり教育が行われても、レベルの高い大学のレベルは下がっていないのです。これはどういうことかというと、高学歴の人間は、従来通りの詰め込み教育で高い基礎学力を持っているのです。つまり、基礎学力格差が起こっているのです。
4-3.大人になっても基礎学力は対応可能
若い時にできてしまった基礎学力格差も、後年に対応は可能です。一般に読み・書き・計算といった基礎学力は、一定の年齢までに体得する必要があると言われています。しかし、私の外来では、70歳になってから珠算を始めた方もいます。また、以前紹介した新聞コラムの書き写しなどは、読み書きのトレーニングには最適です。人間の能力はいくつになっても向上させることは可能なのです。以下の記事も参考になさってください。
5.まとめ
- 最低限の詰め込み教育が、考えるためには必要です。
- 詰め込み教育による、基礎学力格差が広がっています。
- 基礎学力は、何歳になっても伸ばすことが可能です。