老衰死とは・苦しくない理想の最期が近年増えている理由を専門医が解説

老衰死とは・苦しくない理想の最期が近年増えている理由を専門医が解説

医師になって、1000人以上の死に立ち会ってきました。その都度、死亡診断書を書いてきました。死亡診断書には、死因を記載する欄があります。勤務医のころは、「脳梗塞」、「脳出血」、「肺炎」といった具体的な病名が主体でした。しかし、最近では、在宅での看取りが中心のため、その殆どが「老衰」となっています。何気なく使っている「老衰」という言葉について、老年病専門医でもある長谷川嘉哉がご紹介します。

目次

1.老衰死とは?

老衰死は以下のようなものです。

1-1.老衰死の定義

老衰死とは、「高齢者が、病気やけがでなく、徐々に全身状態が衰えて、自然に心呼吸停止となり死亡すること」と定義されています。老衰死の多くは、病院でなく自宅で迎えられることが多いため、周囲に点滴やモニターなどもありません。家族に囲まれながら、穏やかな最期を迎える場面をイメージしてもらえれば良いと思います。

1-2.老衰死は増えている

厚生労働省の発表によると、2000年代以降、死亡診断書における「老衰死」の数は増えています。2018年には、1位の癌、2位の心疾患についで、第3位になっています。老衰死の数は約11万人で、全体の8%を占めています。ちなみに、在宅医療をおこなっている当院では、「老衰死」が9割以上を占めています。

1-3.老衰死とは何歳から?

ちなみに老衰死とは何歳からを指すでしょうか? 明確な定義はありません。私の印象では85歳以上の方が多いような気がします。それよりも若い方の場合は、癌、虚血性心疾患、脳血管障害といった基礎疾患が死亡原因となることが多くなるからです。ある意味、「老衰死」は、大きな病気もせずに、自然に亡くなることができる理想の最期と言えます。

2.老衰が増えた理由

なぜ、老衰死が増えたのでしょうか?

2-1.医師の意識の変化

私が医師になった31年前には、死亡診断書に「老衰死」を書くことは殆どありませんでした。特に明確な死因病名がなくても、心不全や呼吸不全という病名を記載していました。しかし、2000年前後から、世界保健総会の意見もふまえ、「心不全、 呼吸不全等を死因としない」ことになりました。その結果、現実に、癌、虚血性心疾患、脳血管障害といった明確な死因のない自然死である「老衰死」の病名が増えたのです。

2-2.健康寿命が増えた

医師の意識だけでなく、大きな病気をせずに、長生きする方が増えたことも「老衰死」が増えた原因です。予防医療が進歩し、栄養状態も良くなったため、健康で長生きをする高齢者増えているのです。その結果、病気でなく、まさに天寿をまっとうするような老衰死が増えたのです。

2-3.在宅死の増加、在宅系施設の増加

最近では、在宅医療や介護サービスの充実により、高齢になっても自宅で生活をできる機会が増えてきました。また、在宅以外でも、グループホーム、住宅型有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅といった在宅系施設で死を迎える方も増えてきました。自宅や在宅系施設は病院ではありません。積極的な検査や治療も行いません。結果として、明らかな死因がわからない、老衰死が増えているのです。

3.老衰死は苦しい?

老衰死という言葉を聞くと、少し怖い思いもあります。「痛みは?」「苦しいの?」「意識はあるの?」といった不安もあります。もちろん私も経験をしたことはないので、明確なことは言えません。しかし医学的には心配はありません。


長谷川嘉哉監修の「ブレイングボード®︎」 これ1台で4種類の効果的な運動 詳しくはこちら



当ブログの更新情報を毎週配信 長谷川嘉哉のメールマガジン登録者募集中 詳しくはこちら


通常、老衰死の場合は、最後の1-2週間は食事や水分量も減っており脱水状態になっています。この状態は、少し麻酔がかかったような状態で、痛みや苦しさはありません。私の経験でも、ほぼ全例、眠るように亡くなられ、もがき苦しんだりする方はいらっしゃいません。

中には、「裸のきれいな女の人がたくさんいる」と言いながら、嬉しそうに笑ってお亡くなりになった患者さんもいらっしゃいました。どんな素敵な世界なのか、少し羨ましいほどでした。

4.老衰を迎えるには

人間の最後の理想と言える、老衰死を迎えるには以下のような条件が必要です。

4-1.意志が大事

まず、老衰死を迎えるには、「意志」が大事です。食事がとれなくなっても救急車を呼ばずに、決して点滴などの延命はしてほしくないという意志を持つことです。そして、そのことを何度も何度も家族に伝えることです。文章にしておくことも、有効です。老衰に向かう過程の脱水に対しての点滴は、身体をむくませ、腹水がたまったり、痰が増えたりなど、苦痛を強いることにしかなりません。

Elder patient's hand and blood test tube
食事や水分を自力で補給できなくなっているということは自然な死期が近づいているということです

4-2.訪問診療を行う医師が大事

老衰死には医師も大事です。かかりつけ医が、在宅医療をやっていなければ、途中で入院を勧められるかもしれません。場合によっては、最後に検視が入ることさえあります。老衰死のためには、在宅医療に取り組んでいる医師を主治医にすることが必要です。定期的に訪問診療がおこなわれれば、検視が入ることもありません。

4-3.元気な期間をできるだけ長く

老衰死のためには、大きな病気にかからないことも大事です。そのためには、日常生活においては、食事に気を付け、適度な運動をして、良質な睡眠をとることが大事です。予防医学としては、血圧・糖尿病・脂質代謝異常といった生活習慣病をコントロールすることで、虚血性心疾患や脳血管障害のリスクを減らします。

そして、何よりも最後の最後まで自らの意志を持ち続けられるように認知症にならないように、意欲的な生活を送ることが大事です。

5.まとめ

  • 病気やけがでなく、徐々に全身状態が衰えて死亡する老衰死が増えています。
  • 老衰死は、軽い麻酔がかかったような状態で、痛みや苦痛が少ない理想的な死です。
  • 老衰死の実現のためには、「自らの意志」と「在宅医療に取り組む医師」が重要です。
長谷川嘉哉監修シリーズ