認知症専門外来をやっていると、「先生、昨日主人を怒ってしまいました」「母の言動を否定してしまいました」と訴えるご家族がたくさんいらっしゃいます。多くの方々は「認知症患者さんを怒ってはいけない」「認知症患者さんを否定してはいけない」と思い込んでいるようです。
そんな時、私は「我々は仙人ではありません。怒りたければ怒ってください」とアドバイスしています。そうすると多くのご家族が、救われたような表情をされます。今回の記事では、認知症患者の元家族であり専門医の長谷川嘉哉が、認知症患者さんの対応方法の一つである「怒ってもよい理由」についてご紹介します。
目次
1.認知症患者さんを怒ってしまう理由
認知症の患者さんの介護をしていると、本当に怒ってしまいたくなることがあります。特に、以下のようなケースがよく見受けられます。
1-1.同じ質問を繰り返す
「今日は何曜日だったけ?」「今日はデイに行く日だったけ?」「明日はどこへ行くんだったけ?」など認知症患者さんは、同じ質問を繰り返します。2〜3回ならまだしも、数分おきに質問されると、介護者も「さっきも言ったでしょう!」「なぜ何回も同じ質問をする?」と苛立つものです。
1-2.同じ話を繰り返す
同じ話を繰り返されることも苦痛です。認知症患者さんは、少し前に話したことを、初めてしゃべるように何度も話されます。この場合は、介護者自身が「気がおかしくなる」と言われます。時に声を荒らげて「さっきも聞いたよ!」と怒ってしまうのです。
1-3.失禁・入浴拒否
認知症患者さんが、尿失禁によって布団を汚したり、便でトイレを汚すことが繰り返されると介護者にストレスがかかります。そのうえ、汚れた服を変えることを拒否したり、入浴を拒否されると怒りたくもなります。
1-4.幻覚、妄想がひどい
物忘れだけでなく、幻覚や妄想も介護者に負担をかけます。「変なものが見える」と執拗に訴え、介護者が否定すると怒り出す。他には、被害妄想で介護者に「あんたあたしのお金を盗ったでしょう!」と訴える患者さんもいます。介護者もこらえきれずに「何も見えてないし、お金も盗ってません!」と怒りたくもなります。
1-5.男性が介護に非協力的
多くの場合、介護の主体は女性です。介護者のご主人は無関心で、奥様に押し付けているケースが多いようです。外来でも、いつもはお嫁さんが付き添われ、たまに息子である旦那さんが付き添われることがあります。そんな時に、患者さんの状態を質問すると「妻に任せているので何もわかりません」と答える方が結構います。そんな男性の態度が、介護者を怒らせてしまうこともあるのです。
2.「怒ってはいけない」という論の根拠は?
よく世間で言われる「認知症患者さんを怒っていけない。」「すべてを受け入れなさい」という主張には一応理屈はあります。
2-1.安心感を与えることが必要というから
大きな声で怒鳴ったりすると認知症の人の不安感が高まります。認知症の人は、「なぜ怒られるのか?」、その理由がわかりません。その結果、とても不安になるのです。すべてを受け入れて、静かな環境を整え認知症の人の気持ちを落ち着かせることが大事という主張です。
2-2.感情は残るというから
認知症患者さんは、記憶力は落ちますが、感情は残ります。例えば、怒られた際に、「なぜ怒られた?」はすぐに忘れてしまいます。しかし、怒られて悲しかったという感情は残ります。だから、「認知症患者さんを怒ってはいけない!」という主張です。
2-3.本当に介護をしている人が言っているのか疑わしい
確かに、認知症患者さんは不安で感情は残ります。しかし、認知症患者さんに接している者からすると、「すべてを受け入れなさい」「怒ってはいけません」とはとても言えません。前章で挙げたこと全てに耐えられる方はいるのでしょうか?
実際、偉いお医者さんの解説でも「本当に認知症介護に携わった経験があるのか?」と疑問に思うこともあります。最近ではマスコミ等に出てくる看護師さんでも、大学の教授などが増えています。彼らの現実を知らない発言は、現場の介護者を苦しめることもあるのです。
3.たまには「怒ってよい」理由
私の認知症専門外来では、介護者からの質問に対しては、「あえて怒る必要もありませんが、我慢できなくなったら怒っても良いですよ」とアドバイスしています。
3-1.怒ることで認知症が悪化することはない
多くの介護者さんが心配されることは「自分が怒ってしまったことで認知症が進行するのでは?」ということです。認知症は、多くの原因が長年に渡って積み重ねての結果です。怒ったから進行するような単純なものではありません。医師の論文レベルからも、そんな心配はありません。はっきり申し上げます、「介護者が怒ったから認知症が進行することは絶対にありません!」。そう伝えると、本当に多くの介護者が安心された表情をされるのです。
3-2.幸いなことに忘れてくれる
確かに、怒られて悲しいという感情は残ります。しかし、幸いなことに、なぜ怒られたかは忘れてくれます。介護者も怒ってしまったことを忘れ、新たな気持ちで接してあげればよいのです。
3-3.介護うつは絶対に避けるべき
実際、外来で「患者さんがいない状態での相談」を希望される介護者さんが見えます。その場合、検査等で患者さんには診察室から出てもらいます。そうすると介護者さんは日ごろの不満・怒りを訴えます。最後には「先生に喋ったら気が楽になりました」と言われる方も結構いらっしゃるのです。
実は、専門医としては外来で、介護者が怒っていてくれると安心します。というのも、介護負担が限界になると、人間は怒らなくなるからです。まさに「介護うつ」の状態です。そうなるとこれ以上の介護は、ドクターストップになります。介護うつについては、以下の記事も参考にしてみてください。
3-4.もし自分が介護される立場になったら?
「認知症の患者さんを怒っても良い」という私のアドバイスには賛否両論があるかもしれません。ならば、もし自分が認知症になった場合に、子供たちに「すべてを受け入れなさい」「怒ってはいけません」を強いたいですか? 自分は、できるだけ子供たちには負担をかけたくないと思っています。この子たちの幸せや健康のためにもどうしてほしいか明確です。いかがでしょうか?
4.怒る原因を減らす対応策がある
怒る怒らない以前に、対応できることは対応しておきましょう
4-1.中核症状の治療を行う
まず認知症における「ものを覚えて、維持して、再生する」ができなくなっている中核症状を治療しましょう。脳の側頭葉機能の検査であるMMSE(ミニメンタルステート検査:Mini Mental State Examination)で30点満点で20点以上であれば抗認知症薬によって改善することが多いです。そうすれば、怒りの原因になる、同じ質問、同じ話も減るのです。
そのためには、早期の受診が大事になります。
4-2.周辺症状のコントロールを行う
脳の側頭葉機能の検査であるMMSEが30点満点で15点を切ってくると幻覚や妄想と言った周辺症状が出現してきます。このような周辺症状(特に感情が激しいもの)には、抗認知症薬のメマリーや漢方薬の抑肝散が著効します。そうすれば、そもそも、介護者の怒りの元である、幻覚・妄想自体が無くなるのです。
4-3.できるだけ出かけてもらう
そもそも、認知症患者さんと介護者が一緒にいるから怒りたくなるのです。できるだけ一緒にいる時間を失くすためにも介護サービスを積極的に活用しましょう。一日でも多くデイサービスを使い、用事がなくても定期的にショートステイの「泊まり」を利用してもらうのです。
4-4.他人に喋る
認知症患者さんへのストレスは人に話すとかなり軽減します。配偶者、兄弟、子供、孫できるだけ家族に喋ることで、巻き込んでしまいましょう。奥様の話を聞かないようなご主人こそ、近い将来に認知症が発生する可能性があります。認知症予防のためにも、無理矢理にでも巻き込みましょう。
もちろん、ケアマネ、介護職、看護婦、医師にもいっぱい喋ってしまいましょう。
5.「入所」も悪くない選択肢
認知症患者さんが、介護サービスも使ってくれないことがあります。介護者としても、あまりのストレスで怒りがおさえきれない時は、入所も考えましょう。
5-1.スタッフは交代勤務
家族にとっては、限界と思っても、施設に入所するとほとんど問題にならないケースは多々あります。認知症患者さんの同じ行動でも、介護スタッフは優しく対応できます。何しろ、介護スタッフは時間になれば帰れますし、給与ももらえますから…。
5-2.家族も、良い面だけを見ることができる
以前グループホームに親を入所させた家族の話です。今日グループホームのスタッフから、「お母様の笑顔は素敵ですね」と言われました。自宅で介護をしている際に、母親の笑顔を見る余裕はなかったとのことです。ご家族は「これからは、母親の良いところだけ見ることができます」と満足げでした。このように入所も決して悪くはないのです。
6.怒ってよいといわれると、怒らなくなる
これは、私の日々の経験です。認知症家族の介護者は皆さん本当に一生懸命です。逆に少し肩に力が入っています。そんなご家族に、「怒ってもよいんです」と伝えると、ホッとされるようです。そして、この心構えだけで怒る回数が減るから不思議なものです。
7.まとめ
- 認知症患者さんへの対応は「すべてを受け入れなさい」「怒ってはいけません」と言われており、介護者を苦しめています。
- しかし、介護者が怒ったからといって認知症が進行するわけではありません。
- 私が「怒っても良いんです」とアドバイスすると、不思議と怒る回数が減るから不思議です。