2022年3月30日、アクション映画「ダイ・ハード」シリーズなどで知られる米俳優ブルース・ウィリス(67)さんが、失語症を理由に俳優業からの引退を表明しました。「失語症」というと聞きなれないかもしれませんが、私が専門とする脳神経内科領域の疾患であり、それほど珍しい病態ではありません。逆に他人ごとでなく、誰でも罹患する可能性のある疾患なのです。今回の記事では、脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、「失語症」についてご紹介します。
目次
1.失語症とは?
失語症とは、脳の疾患や外傷により言語中枢が障害され、聴く・話す・読む・書くといった言語機能に障害が出る病気です。失語症といった言葉のイメージから、「話せない」ことが主と思われがちですが、それは症状の一部です。失語症の患者さんの中には、流ちょうにしゃべっていても内容が全く意味不明というケースもあります。優位半球の中でも損傷を受けた位置や大きさによって症状は異なりますが、聴く・話す・読む・書くといった、言葉のすべてに何らかの症状が見られます。具体的には以下のようなものです。
- 自分が言いたい言葉が出てこない
- 相手の話している内容が理解出来ない
- 言葉を復唱できない
- 書いてある文章が読めない、理解できない
- 文字や文章が書けないなどです。
いずれの症状も外見では分かりにくく、他の人から理解されにくいという特徴があります。
2.構語障害(=構音障害)とは違う
学生時代に、脳神経内科の授業で「失語症と構語障害の違いは?」と質問され、答えられなかった思い出があります。構語障害とは、言葉をしゃべるときに使う舌や顔面の筋肉の運動麻痺が原因で、上手に話すことが難しくなる状態を言います。失語と違って、言いたいことも相手の話している内容も、文字や文章も理解できていますが、運動麻痺で上手にしゃべることができない状態なのです。
3.代表的な原因疾患
失語症状は以下の原因でおこることが多いです。
3-1.脳血管障害の中でも脳塞栓
脳の血管がつまる脳梗塞や脳の血管が破れる脳出血といった脳血管障害が原因でおこります。そのなかで外来でも最も多く認められるのは、脳梗塞の中でも脳塞栓です。通常の脳梗塞の場合、徐々に血管が細くなってから閉塞するため、側副血行路ができているためダメージが少なくなります。しかし脳塞栓は心臓などにできた血管が、細くなっていない血管をいきなり閉塞するためダメージが大きくなります。右利きの方であれば、左の中大脳動脈が閉塞すると、完全右麻痺と失語症状を合併することが多くなります。
*側副血行路(そくふくけっこうろ):血行障害により主要な血管に閉塞が見られた際に、血液循環を維持するために新たに自然形成される血管の迂回路。
3-2.外傷
交通事故やスポーツなどで脳を強打して、優位半球に障害をうけることで症状が起こります。脳血管障害のように血管の支配領域にそった障害の場合は、ある程度起こりうる失語症状が想定できるのですが、外傷の場合は血管の支配領域に関係なく障害されるため、失語の症状も複雑に絡み合ってきます。
4.認知症の初期症状であることも
今回のブルース・ウィリスさんの例では、『専門家は「ものごとを考えたり判断したりする能力は保たれている場合が多く、認知症ではない」と説明する。』という記事が散見されていました。しかし、認知症の専門医からすると失語症状が認知症の初期に現れることもあります。認知症患者さんは、進行してしまうと脳全体の機能が低下します。ただし、初期の段階では患者さんによって機能低下が起こる部位が異なります。例えば、短期記憶が急激に落ちたり、空間認識力が落ちて迷子になりやすかったり、計算能力が急激に落ちたりなど様々です。そんな中で、物の名前や人の名前が特に思い出せない健忘性失語という症状のみが出現することもあります。
個人的には、ブルース・ウィリスさんは、脳血管障害や外傷の既往がなさそうですから、認知症の初期症状ではないかと思っています。
5.リハビリ
失語症の改善にはリハビリを行います。通常の運動麻痺の際には、理学療法士さんや作業療法士さんが行いますが、失語に対しては言語聴覚士さんが行います。言語聴覚士は、以前はとても少なかったのですが、1997年に国家資格となり、毎年1千5百名程度が言語聴覚士となっています。有資格者数は、2018年3月には3万人を超え、2021年3月には約3万6千人となっています。
リハビリは、早期診断をして早期に治療を開始することが重要です。脳血管障害が原因でおこる失語症の場合、約1年で40%は改善すると言われています。
6.まとめ
- 失語症とは、言語中枢が障害され、聴く・話す・読む・書くといった言語機能に障害が出る病気です。
- 主な原因は、脳血管障害や外傷ですが、認知症の初期症状であることもあります。
- ブルース・ウィリスさんは、脳血管障害や外傷の既往がなさそうですから、認知症の初期症状である可能性も疑われます。