認知症は“脳の絶縁体”ミエリン障害から始まるのか

認知症は“脳の絶縁体”ミエリン障害から始まるのか

アルツハイマー病といえば、「アミロイドβが脳に蓄積する病気」という説明を耳にしたことがある方は多いでしょう。しかし、近年の研究では、「なぜアミロイドが蓄積するのか」という根本的な原因に注目が集まっています。今回ご紹介するNature誌に掲載された最新研究では、「ミエリン」という神経を包む組織の障害が、アミロイドβの蓄積を促進する可能性が示されました。

これまで「ミエリン障害は認知症の結果」と考えられることもありましたが、この研究は逆に「ミエリン障害が認知症の原因になり得る」という、新しい視点を提示しています。今回は、この研究が私たちに教えてくれること、そして今日からできるミエリンを守る生活について考えてみたいと思います。

目次

第1章 ミエリン障害がアミロイドを増やすという衝撃

ミエリンとは、神経線維を電線の絶縁体のように包み込む膜です。このミエリンがあることで、神経の情報は高速かつ正確に伝わります。MRI検査で「白質病変があります」と説明されることがありますが、その多くは加齢や高血圧、小さな脳梗塞などによるミエリン障害を意味しています。

今回の研究では、ミエリンに障害を起こしたマウスでは、

  • アミロイドプラークの数が増える
  • プラークが大きくなる
  • 認知機能障害も悪化する

ことが確認されました。さらに興味深いのは、人工的にミエリン障害を起こした後にアミロイドが増えたことです。

つまり、

「アミロイドがミエリンを壊す」のではなく、「ミエリンが壊れるからアミロイドが増える」可能性が示されたのです。これはアルツハイマー病研究において、大きな発想の転換と言えるでしょう。

第2章 なぜミエリン障害が認知症を進めるのか

研究では、その理由も詳しく調べられています。まず、ミエリンが傷つくと神経細胞では

  • BACE1
  • γセクレターゼ

という酵素が増加します。これらはアミロイドβを作るための重要な酵素です。つまり、神経細胞そのものがアミロイドを作りやすい状態になってしまうのです。

さらにもう一つ重要なのが、脳の掃除役であるミクログリアです。本来ミクログリアはアミロイドを除去する働きを持っています。ところがミエリンが壊れると、ミクログリアは壊れたミエリンの処理に追われます。その結果、アミロイドを掃除する余力がなくなってしまうことが明らかになりました。

つまり、

  • アミロイドを作る量が増える
  • アミロイドを掃除する力が弱くなる

という二重の悪循環が生まれるのです。老化によって認知症リスクが高くなる理由の一つとして、とても納得できるメカニズムではないでしょうか。

第3章 私たちはどうすればミエリンを守れるのか

もちろん、この研究はまだマウスでの実験です。しかし、ミエリンを守る生活は、これまでの認知症予防とも非常によく一致しています。

① 血圧をしっかり管理する

ミエリン障害の最大の原因は、脳の細い血管の障害です。高血圧を放置すると白質病変が進みやすくなります。私は認知症外来でも、「血圧管理は最高の認知症予防」と患者さんによくお話ししています。


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② 有酸素運動を続ける

ウォーキングや自転車、水泳などの運動は脳血流を改善し、白質の健康維持に役立つことが多くの研究で示されています。最近では運動がミエリン形成を助けるオリゴデンドロサイトの働きを活性化する可能性も報告されています。

③ 良質な睡眠を確保する

睡眠中には脳内の老廃物が排出されます。睡眠不足はアミロイド蓄積とも関連しています。睡眠時無呼吸症候群がある方は、早めの治療も重要です。

④ 糖尿病・脂質異常症を放置しない

血管を守ることは、そのままミエリンを守ることにつながります。生活習慣病の管理は、心筋梗塞や脳卒中だけでなく、認知症予防にも直結しています。

⑤ 栄養不足を防ぐ

ミエリンは脂質を多く含む構造です。魚に多いDHA・EPA、適切なたんぱく質、ビタミンB群(特にB12・葉酸)、ビタミンDなどは神経機能の維持に重要と考えられています。ただし、特定のサプリメントだけでミエリン障害を予防できると証明されたわけではなく、まずはバランスの良い食事が基本です。

おわりに

アルツハイマー病研究は長年、「アミロイドを減らせば治る」という方向で進んできました。しかし今回の研究は、「アミロイドが増える前に、ミエリンを守ることが重要かもしれない」という新しい視点を示しています。

実際、私たち認知症専門医が日々MRIで目にする白質病変は、単なる「年齢相応の変化」と片付けるべきものではないのかもしれません。もちろん、この研究だけで結論を出すことはできません。しかし、「血圧を管理する」「運動を続ける」「よく眠る」「生活習慣病を治療する」という基本的な生活習慣が、結果としてミエリンを守り、将来の認知症リスクを減らす可能性は十分に考えられます。

認知症予防は、特別な薬だけに頼る時代ではありません。毎日の生活の積み重ねが神経を守り、ミエリンを守り、そして認知機能を守る――そんな時代が始まろうとしているのです。

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