トローチ神話の終焉・・医学的意義は乏しいが保険で処方される

トローチ神話の終焉・・医学的意義は乏しいが保険で処方される

外来診療をしていると、風邪やのどの痛みで受診された患者さんから時々こんな希望を受けます。「先生、トローチをください」

中には、

「前にもらったトローチがよく効いた」
「のどが弱いのでいつも欲しい」
「薬は要らないからトローチだけください」

と言われる方もいます。確かにトローチは昔から親しまれてきた薬です。口の中でゆっくり溶かして使うため、「のどに直接効く薬」というイメージがあります。しかも医療用トローチは健康保険が適用されます。そのため患者さんの中には、「保険で出るのだから効果があるはずだ」と考える方も少なくありません。

しかし、医学的な視点から見ると話は少し違います。私はトローチを完全に否定するつもりはありません。しかし、病気そのものを治療するという意味では、その意義は決して大きくありません。今回は、なぜトローチが今も処方され続けているのか、そして保険診療の中でどのような位置づけにあるのかについて考えてみたいと思います。

目次

第1章 トローチは病気を治しているのか

まず結論から言えば、多くの場合、トローチは病気を治しているわけではありません。風邪の原因のほとんどはウイルスです。トローチをなめたからといって、そのウイルスが退治されるわけではありません。また、気管支炎や肺炎を防ぐわけでもありません。

患者さんはよく、「薬が直接のどに当たって治る」というイメージを持っています。

しかし実際には、トローチが作用できる範囲は口の中から咽頭の一部に限られます。のどの奥や気管支、肺にまで薬が届くわけではありません。もちろん、口の中の細菌を減らしたり、粘膜を潤したりする効果はあります。しかしそれはあくまで補助的なものです。風邪を治しているのはトローチではなく、自分自身の免疫力です。

医学的に考えると、「トローチがなければ治らない」

という病気はほとんどありません。つまり、患者さんが期待しているほどの治療効果はないということです。

第2章 それでも患者さんが欲しがる理由

ではなぜ、多くの患者さんがトローチを希望するのでしょうか。理由はいくつかあります。

一つ目は、使った実感があることです。飲み薬は飲んだ後に何をしているのか分かりません。しかしトローチは口の中で溶けます。のどに何かが触れている感覚があります。そのため、「効いている気がする」のです。

二つ目は自然治癒との勘違いです。風邪の多くは数日から1週間ほどで改善します。その間にトローチを使えば、「トローチのおかげで治った」と思いやすくなります。しかし実際には、何もしなくても回復していた可能性が高いのです。

三つ目は安心感です。何も薬が出ないと不安になる方は少なくありません。特に日本では、「病院へ行ったら薬をもらうもの」という文化があります。診察だけで帰宅すると、「本当に大丈夫なのだろうか」と心配になる方もいます。その点、トローチは患者さんに安心感を与える効果があります。


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実は医療において、この安心感は決して軽視できません。ただし、それは病気を治しているという意味ではありません。患者さんの不安を和らげているという意味なのです。

第3章 保険で処方され続ける不思議

ここで考えたいのが保険診療の問題です。医療用トローチは現在も保険適用です。つまり、その費用の多くは健康保険料や税金によって支えられています。患者さんの自己負担は1~3割程度ですが、残りは社会全体で負担しています。もちろん、保険適用されていること自体を否定するつもりはありません。

しかし、「保険が効く=高い医学的価値がある」ではないことも事実です。日本の保険診療には、長年使われてきたために残っている薬や治療が少なくありません。トローチもその代表例の一つと言えるでしょう。

もし現在ゼロから医薬品として開発され、「風邪ののどの痛みに対して保険適用を認めるべきか」という議論になったらどうでしょうか。おそらくかなり厳しい評価を受けるはずです。

限られた医療財源の中で、本当に必要な医療に資源を集中させるべきだという考え方もあります。その意味では、トローチは日本の医療が抱える課題を象徴する存在とも言えます。

患者さんは欲しがる。医師は患者満足度を考えて処方する。薬局も調剤する。そして保険が支払われる。誰も困らない仕組みに見えます。しかし冷静に考えると、「本当にその医療費は必要だったのか」という疑問も残るのです。

おわりに

トローチは昔から多くの人に使われてきた薬です。口の中を潤し、不快感を和らげ、患者さんに安心感を与えるという意味では一定の役割があります。しかし、風邪や咽頭炎そのものを治療する力は決して大きくありません。

それにもかかわらず、今も保険診療の中で当たり前のように処方され続けています。私は患者さんが希望された場合、状況によっては処方することもあります。

しかしその際には、「これで病気が治るわけではありませんよ」とお伝えするようにしています。

これからの時代は、単に薬を出す医療ではなく、本当に必要な医療を見極める時代です。患者さんは欲しがる。医師は出す。保険も使える。しかし医学的意義は乏しい。そんなトローチの存在は、日本の医療がこれから考えなければならない課題を静かに映し出しているのかもしれません。

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