精神科オンライン診療が普及し、患者にとって医療が身近になりました。通院が難しい人にとってオンライン診療は非常に有効です。しかしその一方で、医療現場では深刻な課題も生じています。それが 「休業診断書があまりに安易に出されている」 という問題です。
SNS広告には「即日休職可能」「初診10分で診断書」といった文言も見られます。しかし、診断書とは医師が最も慎重に扱うべき“医学的証明書”であり、安売りされるべきものではありません。
目次
1. 休業診断書とは何か?
診断書は医師法に基づき
「医師が診療に基づき医学的事実を証明する文書」
と定義されます。
休業が必要と判断されるのは、例えば以下のような場合です。
- 判断力・集中力の著しい低下
- 不安やパニックにより通勤困難
- 自殺念慮があり安全確保が優先
- 生活リズムの破綻で治療に専念すべき
- 薬物調整が必要な急性期
- 統合失調症・双極性障害の急性増悪
逆に言えば、
「仕事に行きたくない」「上司が合わない」程度では、本来は診断書を出す医学的根拠にはなりません。
2. 初診で「28日休業」は本来不自然
- 休職診断書の基本は“まず14日間”
精神科における休職判断は、
最短必要期間から始める
という原則があります。
多くの医療機関・産業医の現場では、
→ 初回の休職期間は原則14日間
とされています。
理由は以下の通りです。
- 初期治療の効果は2週間程度で見えてくる
- 精神症状は変動が大きく、長期予測が難しい
- 長期休職が逆に社会復帰を困難にする
- 患者の社会的接点を極力残すため
しかし最近増えているのが、
初診オンライン → 10分の問診 → いきなり28日休職
という極端なケースです。
これは生活能力の評価も、家族背景の把握も、自殺リスクの検討も薄いまま「長期休業」を約束してしまうもので、医学的にも社会的にも妥当性に欠けます。
3. オンライン診療で休職診断書が乱発される理由
▼① 重症度評価が不十分になりがち
表情・姿勢・動作・生活環境といった“臨床の空気感”が掴みにくい。
▼② 診断書が集客手段化されている
「診断書を出すこと」そのものが目的化し、治療が置き去りになるケースもあります。
▼③ 患者・企業双方の不利益につながる
安易な休職は、
- 復職困難
- 長期化
- 組織の混乱
- 医師への疑義照会増加
を招きます。
4. 本来あるべき休職のプロセス
精神科医療において、休職は治療の一部です。次のプロセスが欠かせません。
- 初診はできる限り対面で生活能力まで評価する
- 休職の目的(治療・安全確保)を明確にする
- 初回はまず14日間とし、2〜4週ごとに再評価する
- 必要があれば延長、改善があれば早期復職を検討する
そしてもう一つ重要な視点があります。
5. 企業側は「産業医の力をもっと使うべき」
休職診断書をめぐる混乱の多くは、
企業側が産業医を十分に活用できていないこと
にも原因があります。
産業医は、
- 診断書の妥当性
- 業務との適合性
- 復職のタイミング
- 配慮事項の具体化
- 職場環境改善
といった領域で専門的な判断ができる存在です。
本来、企業は疑問を感じた場合、
「診断書の医学的妥当性」「業務適性」「必要な配慮」
を産業医に確認・相談する権利と義務があります。
それにもかかわらず、「医師が書いたから従うしかない」
と誤解している企業も少なくありません。
むしろ、休業診断書の乱発が問題となる今こそ、企業は積極的に産業医と連携すべき時代です。
6.まとめ:診断書は治療の一部であり、安易に出すものではない
オンライン診療は医療の可能性を広げた一方、診断書の乱発という副作用も生んでいます。
- 初診で28日休職は原則不適切
- 最初の診断書は14日からが基本
- 延長の可否は定期的な再評価で決める
- 企業は産業医と連携し、妥当性を確認する
必要な人が適切に休めるように、
必要のない人が不必要にキャリアを失わないように。
これからの精神科医療には、医師・患者・企業の三者すべてが、適正な休職運用に向けて歩み寄る姿勢が求められています。
