新型コロナウイルスの流行が落ち着き、マスクの着用は個人の判断となりました。それでも学校や外出先で、今もマスクを外さない子どもは少なくありません。暑い日でも着け続け、家族が外すように言うと強く反発する。大人から見ると、「もう必要ないのでは」「友達とのコミュニケーションに影響しないか」と心配になります。しかし、子どもにとってのマスクは、単なる感染予防の道具ではなくなっている可能性があります。
目次
第1章 マスクは「心を守る仮面」になっている
コロナ禍の数年間、子どもたちは「人前ではマスクを着ける」という生活を続けてきました。特に小学校低学年の頃から着用を求められてきた子どもにとっては、マスクをしている状態が自然であり、外すことのほうが特別に感じられることがあります。
さらに思春期になると、容姿に対する意識が強くなります。
「口元を見られたくない」
「素顔を評価されるのが怖い」
「表情から気持ちを読まれたくない」
こうした不安を隠すために、マスクが「心を守る仮面」になっている場合があります。マスクを外して顔を見せることを、下着を脱ぐように恥ずかしいと表現する「顔パンツ」という言葉もあります。大人には大げさに聞こえても、本人にとっては、素顔だけでなく自分自身をさらけ出すような感覚なのでしょう。
第2章 高齢者はマスクを外すことを喜ぶこともある
一方、クリニックの外来では、診察のために高齢の患者さんにマスクを外していただくことがあります。認知症や神経疾患の診察では、顔色や表情、口元の動き、発音、口角の左右差などが重要な診察所見になるからです。そのため私は、
「少しマスクを外して、お顔を見せてください」とお願いしています。すると意外なことに、多くの患者さんがうれしそうな表情をされます。
「先生に顔を見てもらえてうれしい」
「マスクを外したほうが話しやすいね」
「最近は顔を見て話すことが少なくなったから」
と言われることもあります。高齢になると聴力が低下し、相手の口の動きや表情から言葉の意味を補っている方も少なくありません。マスクで口元が隠れると、声が聞き取りにくくなるだけでなく、相手の感情や意図も理解しにくくなります。顔を見ることは、単に診断のためだけではありません。「あなたことを、きちんと見ています」という大切なコミュニケーションでもあるのです。
第3章 外すことより、不安を小さくすることが先
子どもがマスクを着けていること自体を、すぐに問題行動と考える必要はありません。大切なのは、マスクの有無ではなく、その背景にどれほど強い不安があるかです。学校生活や友人関係に大きな問題がなく、体育や食事など必要な場面では外せるのであれば、過剰に心配する必要はないでしょう。進学や就職、部活動など、環境の変化をきっかけに自然と外せるようになることもあります。
一方で、マスクがないと外出できない、人前で食事ができない、学校を休んでしまうほど不安が強い場合には、対人不安や自己評価の低さが隠れている可能性があります。親がすべきことは、「早く外しなさい」と迫ることではありません。安心できる場所で少しずつ外す時間をつくる。素顔や笑顔を自然にほめる。本人が不安を話したときには、否定せずに聞く。そうした小さな積み重ねが大切です。
マスクを外すことを目標にするのではなく、マスクがなくても安心できる心を育てる。子どもがマスクを外さないとき、その内側には、本人にも言葉にできない不安が隠れているかもしれません。急いで外させるよりも、まず安心させる。その姿勢こそが、子どもがいつか自然に素顔を見せられるための、最も確かな支えになるのではないでしょうか。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。