働き方改革が叫ばれていますが、医師の勤務状況もかなり過酷です。詳しくは本文で触れますが、疲労による集中力の欠如などがあれば、医療ミスにもつながります。人の健康や命に関わる仕事だからこそ、まさに健康的な労働環境で仕事に従事すべきです。今回の記事では、勤務医としての経験もある長谷川嘉哉が、医師の労働環境の現実と、改善方法についてご紹介します。
目次
1.医師の過酷な労働環境の実態とは
30年前に医師になったとき、あまりにも普通に行われていて、現在も行われている労働環境の実態をご紹介します。
1-1.当直明け33時間超労働
医師の当直は、通常の日勤業務を終えた後に、そのまま当直に入ります。当直時間中に、一睡もできなくても翌朝からは普通に日勤業務を行います。つまり、前日の8:30分から翌日の17:30分までの33時間にわたり病院に拘束されるのです。もちろん、終業時間の17:30で帰宅できることはほぼありませんので、33時間を超えているケースも珍しくはないのです。
1-2.夜間・休日の呼び出し
基本的に、夜間・休日であっても自分が主治医である患者さんの容態が急変したり、死亡した場合は、病院に当直医がいても、主治医が呼び出されます。自分も勤務医であったときは、ポケットベルで呼び出されたものです。子供と遊んでいて、ポケットベルが鳴ると、子供が「お父さん病院に行くの?」と寂しそうな顔をしたことが忘れられません。
もちろん、開業してからも在宅医療に携わっていると呼び出しは日常茶飯事です。そのため勤務医の先生が当クリニックにて勤めてくれるまでは、我が家の家族旅行は、地元の名古屋駅のホテルでした。(これはこれで、楽しかったですが・・)
1-3.誰も文句を言わない
振り返ると不思議なことがあります。誰もそんな労働条件に文句を言わないのです。病院も上司も、当たり前と考えているのです。それこそ不満を言おうものなら、「医師として情熱がない」「医師としての資質に欠ける」とでも言われそうな雰囲気さえあったのです。もちろん、そんな労働条件が労働基準法違反などとは誰も考えもしませんでした。
2.過酷になる理由・1 応召義務を気にしている
「応召義務」という言葉をご存知でしょうか?「応召義務」とは、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合、正当な事由がなければ拒んではいけない」ということです。医師法第19条第1項に規定されています。この規定のために、「医師はいついかなる場合であっても、患者からの診療の求めを拒んではならない」との考えのもと、多くの医療機関では、医師に過酷な労働を強いてでも対応しているのです。
3.過酷になる理由・2 労働基準法違反がはびこっている
昭和22年に制定された労働基準法では、労働条件に関する最低基準を定めています。労働基準法(労働基準法第32条)に定められている法定労働時間で原則として1日8時間、1週間に40時間以上を超えて働かせてはいけないと定められています。実態は、この基準以内で働いている医師のほうが珍しいと思います。
休日に関しては1週間に1日以上付与しなければいけません。しかし患者さんの状態が悪ければ、休日でも出勤している医師はたくさんいます。
休憩時間に関しても、「労働時間が6時間を超える場合は45分以上」、「労働時間が8時間を超える場合は1時間以上」と規定されています。しかし病院では、昼食もとらず休憩もせずに午前から午後まで外来をしている医師はたくさんいます。
4.過酷になる理由・3 医師数が少ないが、病院数が多すぎる
日本の医師数を国際比較してみると、人口1,000人あたりの医師数は日本が2.0人なのに対し、ドイツ3.4人、フランス3.4人、アメリカ2.3人で日本の医師数は、ドイツの6割、アメリカの7割という状況です。
そのため、「医師が足りない、足りない」と叫ばれている日本ですが、病院の数はおよそ9000施設。これは世界ダントツの1位です。病院数世界2位のアメリカが5000程度であることを考えると、日本の病院が「異常なほど」多いのです。
結果、医師数が少なくて、病院数が多いため、病床100床当たりの医師数はアメリカの1/5、ドイツの1/3になり、労働環境は過酷になるのです。
5.眠っていない医師に罹りたい?
いかがでしょうか? 病院には、24時間眠っていない医師がいるのです。そんな医師に、外来で見てもらったり、手術をしてもらったり、緊急の対応をしてもらっているかもしれないのです。
例えば、飛行機に乗った時に、パイロットが過酷な勤務で24時間眠っていないとしたら? そんな飛行機に乗りたいでしょうか? 患者さんが知らないだけで病院では、そんなことが当たり前になっているのです。
6.医師は自ら守らなければならない
そんな過酷な医師たちですが、誰も守ってくれません。
6−1.病院も上司も他人事
病院も、医師に対しては全く労働基準法を考えてくれません。院長や部長たちも、自分たちが過酷な労働をしているわけでもないので、どこか他人事です。「昔、自分たちも苦労したから、やむを得ない」とでも考えているようです。
6-2.世間も冷たい
世間も、医師は給与が高いから、働いて当たり前と考えているのしょう。しかし、労働時間や拘束時間を考えると、本当に医師の給与は高いのか疑問を持ってしまいます。何よりも、給与の額に関係なく、労働基準法は守られるべきです。
三重県尾鷲市が、2005年9月から年収5,520万円という高い報酬を保証し、津市で開業していた産婦人科医を尾鷲総合病院に招きました。しかし、年2日間しか休みが取れなかったにもかかわらず、減額の報酬が示されたことでその産婦人科医は退職されました。
このケースは、世間では高額な報酬ばかりが話題になりましたが、「年2日間しか休みが取れなかった」ことを問題にすべきなのです。
6-3.逃げるしかない
病院も上司も、世間も、誰も医師を守ってくれません。そのまま、激務を続ければ身体を壊し、さらには家庭まで壊れてしまいます。そうなると、自ら現場から逃げるしかないのです。実際、私の後輩にも40歳で働き盛りの循環器の医師が、月に半分が当直もしくは自宅待機という激務のため、老人病院に転職されました。現場としてはとてももったいないのですが、やむを得ないのです。
7.病院はどうするべきか
医療法人グループを経営しているものとしては、多くの病院が医師の労働条件に手をこまねいている中にあって、きちんとした労働整備をすれば、そこには医師は集まると思っています。
7−1.応召義務は義務ではない
令和元年7月18日に開催された社会保障審議会・医療部会で、厚生労働省から以下の報告がなされました。
医師法第19条第1項に規定される、いわゆる「応召義務」は、医師に際限のない長時間労働を求めるものではない。例えば、診療時間外の救急患者に対し、自院の設備や医師の専門性などから、「自院では十分な対応ができない。応急処置の後、より設備の整った病院を紹介する」といった対応をとったとしても、それは正当である。また、診療時間外に緊急性の低い患者が来院した場合、「診療時間内の受診」を求めることも正当である。さらに、診療内容と関係のないクレームを執拗に繰り返す患者や、悪意をもって自己負担の未払いが続く患者に対し、「診療できない」と対応することも正当である。
医師は自分の権利は自分で守っても何も責められない時代になって来たのです。
7-2.労働基準法のもと、現在いる医師で対応できることをする
病院は、現在いる医師が労働基準法で働いた状態で、提供できる医療サービスのみを提供すべきです。24時間緊急体制が取れない陣容であれば、日によっては対応しない日を作るしかないのです。
7-3.病院の整理・統廃合
結局、医師が少なく、病院が多いことが医師の劣悪な労働環境の一因です。前項のように、各病院が、「労働基準法のもと、現在いる医師で対応」すれば、病院の整理・統廃合が検討されるでしょう。その結果、限られた医療資源を最大限に活用できるような環境が整うです。
実際、岐阜県土岐市においても、土岐市総合病院と隣の瑞浪市の東濃厚生病院の合併が進んでいます。
8.患者さんへのお願い
医師の労働環境整備には、患者さんにもご協力が必要です。
8-1.夜間・休日の主治医による過剰な対応を期待しない
多くの病院では主治医制をとっています。そのため、病院には、当直医がいても、何かあれば主治医が呼ばれます。夜間・休日までをも主治医に対応することを過剰に求めないでください。もちろん病院も、主治医制でなく、グループで患者さんを診る体制に変えていく必要があります。
8-2.不要な緊急受診を控える
先日、救急車で父親に付き添って、救急病院に受診しました。その際は、真夜中1時であっても、待ち時間が2時間でした。待合室にいる方を見ても、それほどの緊急性を感じません。真夜中に受診をするなら、まずは「様子を診る」という判断も重要です。そのためには、国を挙げた、「健康教育」も大事になります。
8-3.在宅看取りは朝に確認
夜間の呼び出しは病院だけではありません。我々、在宅医療でも行っています。ただし、最近では、ご家族からの要望で、「介護者も高齢のため、見取りは朝ではいけませんか?」という要望が増えています。確かに、徐々に弱っていく自然死であれば、真夜中に看取る必要はありません。
世の中全体が、「真夜中の死亡は、朝に看取り」が普通になれば、一人で開業されている先生も、在宅看取りを行うことが可能になります。
9.まとめ
- 多くの医師が、過酷な労働環境で苦しんでいます。
- まずは、病院が、医師の労働基準法を厳守することが第一です。
- 最終的には、病院の整理・統廃合が必須です。