アルツハイマー型認知症の研究は、アミロイドβが神経細胞を損傷するという「アミロイド仮説」に基づいて進んでいました。しかし残念ながら、製薬会社が莫大な開発費をかけても治験の失敗が続いています。臨床の現場で認知症患者さんを診ている私自身は、そもそも「アミロイド仮説が間違っているのでは?」と考えていました。
そんな中、従来の神経細胞でなく、神経細胞の周囲に存在する「グリア細胞」が認知症の原因ではないかという研究が進んでいます。今回の記事では、グリア細胞が、認知症治療の突破口になる可能性について紹介します。
目次
1.グリア細胞とは?
人間の脳には1,000億個以上の神経細胞と、その10倍以上の神経膠細胞(=グリア細胞)があります。グリア(=glia)とは、膠(にかわ)を意味するギリシャ語に由来します。グリア細胞は、神経細胞のように電気の流れがないため、その役割は、神経細胞の働きを助ける役割と思われていました。
しかし最近の研究で、神経細胞だけでなくグリア細胞にも認知症発症に関わる可能性が分かってきたのです。
2.グリア細胞の中でも有力な2種
グリア細胞には、ミクログリア、アストロサイト、オリゴデンドロサイトなどの種類があります。その中でもミクログリアとアストロサイトについてご紹介します。
2-1.ミクログリア
ミクログリアは、中枢神経で唯一の免疫細胞です。免疫細胞ですから、このミクログリアが暴走すると、正常な神経細胞を攻撃することもあるのです。そのため、通常はミクログリアが暴走しないために制御するメカニズムが働いています。しかし認知症の患者さんでは,このミクログリアのメカニズムが破綻して暴走し、神経細胞死による認知症を引き起こすという考え方も出てきました。
実際、富士フイルムは、ミクログリアに狙いを定めたアルツハイマー病薬の治験(第二相)を今夏にも欧州で始めます。アルツハイマー病に進行する可能性の高い早期認知症患者さんに「ミクログリアに作用して脳の免疫バランスを保つ経口薬」を投与することで、神経細胞の死滅を免れる効果が期待されるのです。
2-2.アストロサイト
星のような外見から命名されたアストロサイトは、グリア細胞の中で最も数が多いものです。従来、アストロサイトの働きは、神経細胞への栄養補給、過剰なイオンの除去、脳を守る血液脳関門の形成とされていました。しかし、最近の研究ではアミロイドβを分解する酵素を分泌していることが分かってきました。このアストロサイトをうまく活用することで認知症発症を抑えられるのではないかという考え方もあります。
3.やはり単一原因ではないのでは?
そんな期待されるグリア細胞ですが、やはり専門医としてはこれだけで認知症が完全に治癒するとは思えません。
3-1.現在の抗認知症薬でもそれなりに効果あり
フランスでは、保険適応をはずれた現在の抗認知症薬ですが、早期であれば進行予防だけでなく改善もします。つまり丁寧に症例を選べば、現在の神経細胞の流れを良くする治療でも優位な効果は認められるのです。
3-2.グリア細胞だけではない組み合わせ
現在の神経細胞に対する治療研究だけで十分な効果がないように、グリア細胞だけでも十分な効果は難しいと思われます。分けて効果を議論するのではなく、両者を組み合わせることが必要と考えます。
3-3.間違った生活習慣で、薬だけで改善するわけがない!
どれだけ研究者が薬の開発を行っても、間違った生活習慣を続けていては、改善するわけはありません。運動習慣もなく、暴飲暴食、生活習慣病だらけで、1日何もしないような生活をしている人が、認知症の特効薬で「頭がクリア」になるわけはありませんし、逆になったら不気味です。
4.正しい生活習慣に治療も組み合わせる
日々の外来で強く感じることは、「認知症の原因は単一ではない」です。例えば、結核であればその原因は結核菌であり、結核菌を予防すれば、結核自体を減らすことができます。しかし、認知症の原因は多岐にわたります。そのため、薬も組み合わせ、その上、生活習慣も患者さん自らが改善する必要があるのです。
診察していて感じることは、患者さん一人一人の原因をチェックして、オーダーメードな治療・予防法が必要なのです。詳細については、以下の記事も参照になさってください。
5.まとめ
- グリア細胞を標的とした、認知症の新薬が開発されています。
- しかし、神経細胞に対する治療薬もそれなりに効果があり組み合わせが必要と思われます。
- その上、認知症は治療薬だけでなく、正しい生活習慣も重要です。