レカネマブ研修の“無償拘束”が奪うもの──若い医師の情熱まで消えていく現実

レカネマブ研修の“無償拘束”が奪うもの──若い医師の情熱まで消えていく現実

アルツハイマー病治療薬「レカネマブ(製品名:レケンビ)」は、認知症医療において大きな注目を集めています。脳内に蓄積するアミロイドβを減らし、症状の進行を緩やかにする可能性を持つこの薬は、患者と家族にとって大きな希望です。しかし、この薬には「ARIA(アミロイド関連画像異常)」という重大な副作用のリスクがあり、安全な使用には高度な管理が欠かせません。そのため、投与や読影を担当する医師には、エーザイ社の研修ビデオや学会講習(合計2時間30分程度)を受講することが必須とされています。ここまでは安全のために必要な手順ですが、問題はこの研修が無報酬かつ休暇時間に実施されるケースが多いということです。

目次

1.無報酬・休暇拘束という現実

医師は日々、多忙な診療や当直、研究や学会発表に追われています。そこに加えて、レカネマブの安全性研修が「勤務時間外で受けてください」という形で課されると、負担は無視できません。休日の午前中を2時間半つぶしてビデオと講習を受ける──。しかも、その間の報酬はゼロ。これは単なる「勉強の機会」ではなく、事実上の無償労働です。

現場では、「患者のためだから仕方ない」という空気が強く、疑問を口にすれば「やる気がないのか」と受け取られかねません。結果として、多くの医師が黙ってこの負担を受け入れています。

2.「どうせ変わらない」という諦めが広がる

こうした状況は、特に若い医師の心に深い影を落とします。本来、若手時代は知識や経験を吸収し、専門性を磨く情熱にあふれているものです。しかし、制度や慣習によって「やりがい」を「やらされ感」に変えてしまう環境が続くと、情熱は徐々に冷めていきます。

「現場の声なんてどうせ届かない」
「制度は変わらないし、自分が何か言っても無駄だ」

そうした諦めが、研修のたびに少しずつ積み重なり、気がつけば「余計なことは考えず、言われた通りにやるだけ」という姿勢に変わってしまう。これは個々の医師の問題ではなく、制度が情熱を削いでいる構造的な問題です。

3.製薬企業と病院の間で押し付けられる負担

研修の義務化そのものは、薬のリスク管理のために当然です。エーザイも、ARIAの危険性を最小限に抑えるため、使用医師を限定し、必要な知識を確実に提供しようとしています。しかし、その実施形態が「無償・自己責任」である現状は、製薬企業と医療機関の責任の押し付け合いによって生まれています。

  • 製薬会社は「必要な研修を提供した」という体裁を整える

  • 病院は「勤務時間外で受けてもらう」という形で人件費を削減する

そして、その間で負担を一身に背負うのは、現場の医師です。


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4.解決の糸口はあるのか

この問題を解消するためには、いくつかの方向性が考えられます。

  1. 勤務時間内で研修を受けられる体制の整備:病院として必要な薬剤導入であれば、その研修も勤務の一部として扱うべきです。

  2. 研修時間への手当支給:勤務外の場合は、謝礼や時間外手当を支給することで、負担を労働として正当に評価できます。

  3. 現場の声を企業や学会に届ける:MR(医薬情報担当者)や職能団体を通じ、研修方法や所要時間の見直しを求める。

  4. 研修形式の多様化:完全オンデマンド化や短縮版の提供により、医師の拘束時間を減らす。

5.若い医師の情熱を守るために

研修そのものは必要でも、それが不公平な形で押し付けられる構造は変えなければなりません。特に若手医師が「どうせ変わらない」と思い込んでしまう空気は、将来の医療の質を確実に下げます。医師が誇りと情熱を持って働ける環境は、患者にとっても大きな利益です。制度や慣習を変えるのは時間がかかりますが、その第一歩は「おかしい」と感じた声を出すことから始まります。

6.おわりに

レカネマブは、アルツハイマー病の治療に新たな道を開く可能性を秘めています。しかし、その希望の影で、現場の医師が休日を削って無償で研修を受けるという現実があります。そして、その現実に「どうせ変わらない」という諦めが広がれば、若い医師たちの情熱は失われ、医療の未来は少しずつ色あせていくでしょう。安全な薬の使用と、医師の健全な働き方。その両立は不可能ではありません。むしろ、両立を実現することこそが、医療の持続可能性を守る鍵なのです。

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