「母が最近、家の中でもよくつまずくんです」
「父の歩き方が、以前より小刻みになりました」
ご家族のこうした気づきは、身体の変化を知る大切な手がかりです。しかし、「年をとったから」「運動不足だから」と考え、そのまま様子を見ている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
転倒には、筋力やバランス能力の低下、視力、薬の影響、住まいの環境など、さまざまな原因があります。その中には、脳の働きの変化が関係している場合もあります。
認知症専門医としてお伝えしたいのは、転倒を年齢だけで片づけず、「なぜ転ぶようになったのか」を考えてほしいということです。今回は、冬に注意したい転倒の要因と、見逃したくない脳のサイン、そして予防の工夫をお話しします。
目次
1.冬の転倒は、屋外だけの問題ではありません
冬は、雪や凍結した路面に注意が必要です。さらに、寒さで身体がこわばる、厚着で動きにくくなる、夕方に暗くなるのが早いなど、転倒につながる条件が重なります。ただし、気をつけたいのは屋外だけではありません。室内にも、電気コード、めくれた敷物、床に置いた荷物など、つまずく原因があります。こたつ布団や暖房器具のコードが、通り道にはみ出していることもあるでしょう。
夜中のトイレも注意が必要です。暗い中で急いで起き上がり、足元が十分に見えないまま歩く。そこに立ちくらみが加われば、転びやすくなります。ご家族には、転んだという結果だけでなく、その前後の様子も確認していただきたいと思います。
何につまずいたのか。立ち上がった直後だったのか。方向を変えようとしたのか。意識を失っていなかったか。同じ場所や同じ動作で繰り返していないか。こうした情報が、原因を調べる助けになります。「気をつけて歩いてね」という声かけに加え、転ぶ条件そのものを減らすことが大切です。
2.歩くためには、足腰とともに脳の働きが必要です
私たちは普段、あまり意識せずに歩いています。しかし実際には、目から入る情報をもとに段差や障害物を見つけ、距離を判断し、足を出す位置や身体のバランスを調整しています。つまり歩行は、筋肉だけで成り立つ動作ではありません。注意力や空間を捉える力、状況に応じて動作を切り替える力も必要です。
認知機能が低下すると、足元の障害物に気づきにくくなったり、周囲に注意を配りながら歩くことが難しくなったりします。歩きながら話しかけられたときに、足取りが不安定になる方もいます。また、レビー小体型認知症では、身体の動きが遅くなる、小刻みに歩く、身体がこわばるといったパーキンソン症状や、立ちくらみなどが転倒に関係することがあります。
ただし、転ぶことだけで、認知症や軽度認知障害と判断することはできません。足腰の病気、視力の低下、血圧の変動、薬の影響なども調べる必要があります。注意したいのは、転倒に加えて、「同じ質問が増えた」「薬やお金の管理に困るようになった」「慣れた家事の段取りが悪くなった」といった変化が重なる場合です。歩き方と暮らし方の両方が変わってきたなら、かかりつけ医や脳神経内科などに相談してください。転倒は、身体と脳の状態を見直すきっかけになります。
3.転ばない暮らしは、環境・運動・診察で支える
予防の第一歩は、通り道の見直しです。床の荷物やコードを片づけ、滑りやすい敷物を確認しましょう。夜間は寝室からトイレまで足元灯をつけ、必要に応じて手すりを設置します。靴や室内履きも、脱げにくく、足に合ったものを選ぶことが大切です。
次に、身体の力を保つことです。歩く習慣に加え、筋力やバランスを維持する運動を、その方の状態に合わせて取り入れます。ただし、すでにふらつく方が、一人で片足立ちなどに挑戦するのは危険です。安定した支えを使い、医師や理学療法士などに相談しながら、安全に続けられる内容を選んでください。
そして、繰り返す転倒を放置しないことです。診察では、歩き方や筋力だけでなく、視力、立ちくらみ、服薬、認知機能などを幅広く確認します。睡眠薬などが関係する場合もありますが、薬は自己判断でやめず、処方医に相談しましょう。
一方、ご家族が心配するあまり、外出や活動をすべて制限すると、身体を動かす機会が減ってしまいます。「転ぶから何もしない」ではなく、付き添いや歩行補助具も活用し、安全に活動できる方法を一緒に考えることが大切です。
終わりに
「最近よく転ぶ」という変化には、いくつもの原因が隠れている可能性があります。認知症を過度に心配する必要はありませんが、年のせいと決めつけないでください。
転んだ日時、場所、直前の動作、立ちくらみの有無などをメモしておくと、受診時に役立ちます。なお、突然歩けなくなった、片側の手足に力が入らない、ろれつが回らない場合は、救急受診が必要です。
転倒したご本人を責めるのではなく、「何か変化が起きていないかな」と一緒に振り返る。その姿勢が、原因の発見と予防につながります。足腰にも、脳にも、暮らす環境にも目を向ける。それが、大切な方の「自分で歩く生活」を守る第一歩です。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。