2023年6月14日、「認知症基本法」が参議院本会議で全会一致で可決・成立しました。日々、認知症患者さんに関わっている御家族・医療従事者・介護従事者からすると、「いきなり決まった法律は何?」と不思議な気がします。しかし、この国は法律が決まると確実に遂行されます。「認知症基本法」によって何が変わるのか?何に期待すればよいのか? 認知症専門医の長谷川嘉哉が解説します。
目次
1.認知症の現状
厚生労働省の推計では、認知症患者さんは2020年で600万人以上、団塊世代が75歳以上になる2025年には700万人になると予想されています。その時には、65歳以上の5人に1人が認知症となります。ただし、認知症の診断ができる専門医は限られていますので、見落とされている患者さんも相当います。個人的には、すでに認知症患者さんは1000万人はいると考えています。
なお日本だけでなく、WHO(世界保健機関)によると、世界では現在5500万人以上の認知症患者さんがおり、2050年には1億3900万人にまで増加するとされています。
2.認知症基本法とは?
法律の一部を抜粋して紹介します。
2-1.目的
第一条 この法律は、我が国における急速な高齢化の進展に伴い認知症である者(以下「認知症の人」という)が増加している現状等に鑑み、認知症の予防等を推進しながら、認知症の人が尊厳を保持しつつ社会の一員として尊重される社会の実現を図るため、認知症に関する施策(以下「認知症施策」という)に関し、基本理念を定め、国、地方公共団体等の責務を明らかにし、及び認知症施策の推進に関する計画の策定について定めるとともに、認知症施策の基本となる事項を定めること等により、認知症施策を総合的かつ計画的に推進することを目的とする。
2-2.定義
第二条 この法律において「認知症」とは、アルツハイマー病その他の神経変性疾患、脳血管疾患その他の疾患(次条第五号において「アルツハイマー病その他の疾患」という。)により日常生活に支障が生じる程度にまで認知機能が低下した状態として政令で定める状態をいう。
2-3.基本理念
第三条 認知症施策は、次に掲げる事項を基本理念として行われなければならない。
一 常に認知症の人の立場に立ち、認知症の人及びその家族の意向の尊重に配慮して行われること。
二 認知症に関する国民の理解が深められ、認知症の人及びその家族がその居住する地域にかかわらず日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるとともに、認知症の人が地域において尊厳を保持しつつ他の人々と共生することを妨げられないことを旨とすること。
三 認知症の人の意思決定の支援が適切に行われるとともに、その意向を十分に尊重し、その尊厳を保持しつつ、切れ目なく保健医療サービス、福祉サービスその他のサービスが提供されること。
四 認知症の人に対する支援のみならず、その家族その他認知症の人と日常生活において密接な関係を有する者(以下「家族等」という。)に対する必要な支援が行われること。
五 認知症に関する専門的、学際的又は総合的な研究を推進するとともに、認知症及び軽度認知障害(アルツハイマー病その他の疾患により認知機能が低下した状態(認知症を除く。)として政令で定める状態をいう。予防、診断及び治療並びにリハビリテーション及び介護方法その他の事項に関する研究開発等の成果を普及し、活用し、及び発展させること。
六 教育、地域づくり、雇用、保健、医療、福祉等の関連分野における総合的な取組として行われること。
3.がん対策基本法で現場は変わった?
「法律ができて何か変わるのか?」という疑問もわきますが、この国は法律ができると確実に動きます。2006年6月16日に設立された「がん対策基本法」のおかげで現場は変わりました。この法律は、自らがんにかかった山本孝史議員がまさに命をかけて通した法律です。この法律のおかげで、がんになっても仕事を続けられる環境整備、緩和ケア病棟の整備、専門に関わらずすべてに医師に緩和治療の知識の普及などが行われるようになりました。
4.認知症基本法に期待すること
がん対策基本法制定後の変化を知るものからすると、「認知症基本法」にもとても期待しています。以下の点は、少し気になりますが・・
4-1.少し介護者視点もほしかった
相変わらず、「認知症の人の立場」、「認知症の人の意向」の尊重に偏っています。もちろん法律の条文に介護者を優先してとは書けないのはやむを得ません。しかし国全体として、介護者ファーストの考えは広めたいものです。多くの人は、「もしも認知症になったら、家族には迷惑をかけたくない」と思っているものですから。
4-2.多くの医師に認知症の基本的な知識
基本理念の「認知症に関する専門的、学際的又は総合的な研究を推進する」もとても大事です。しかし、それ以上に専門・非専門に関わらず、多くの医師に認知症の基本的な知識を持ってもらう必要があります。自分も、国が主催する「緩和ケア」の講習のおかげで、モルヒネ等適切な使用法を学び、多くの患者さんにフィードバックできました。
4-3.家族を限界に陥らせる周辺症状はコントロールできる
認知症は物忘れで困る病気ではありません。幻覚・妄想・徘徊といった周辺症状が家族を限界にさせます。そんな周辺症状の7〜8割は、メマリー、抑肝散、抗精神病薬少量投与でコントロールできることは是非とも広めたいものです。
5.まとめ
- 2023年6月14日、「認知症基本法」が可決・成立しました。
- 2006年6月16日に設立された「がん対策基本法」と同様に、大いなる期待がもてます。
- この法律を機に専門・非専門に関わらず、多くの医師に認知症の基本的な知識を持ってもらうことを期待します。