家で看取ると決めたご家族へ―私たちがお渡しする一冊

家で看取ると決めたご家族へ―私たちがお渡しする一冊

私は在宅医療を20年以上続け、これまで700人以上の患者さんをご自宅で看取らせていただきました。看取りを終えたご家族から、後日お手紙をいただくことがあります。その中で、最も多い言葉があります。「先生、不安でした。でも、最後は穏やかに送ることができました」この言葉をいただくたびに、在宅医療を続けてきて良かったと心から思います。

ご自宅での看取りを希望されるご家族は、最初から覚悟ができているわけではありません。

「本当に家で看取れるのだろうか」
「苦しみ始めたらどうしよう」
「息が止まったとき、何をすればよいのか」

多くの不安を抱えておられます。そこで私たちの訪問看護ステーションでは、ご自宅での看取りを決めたご家族に、必ず一冊の冊子をお渡ししています。それは、亡くなるまでの変化や、最期のときの対応を説明するためだけの冊子ではありません。

「慌てなくて大丈夫です」
「自然な経過を一緒に見守りましょう」
「私たちが最後まで支えます」

そんな思いを込めた一冊なのです。

目次

第1章 知らないからこそ、看取りは怖くなる

死が近づくと、体にはさまざまな変化が現れます。眠っている時間が長くなる、食事や水分が取れなくなる、手足が冷たくなる、尿や便を失禁する、呼吸のリズムが変わる。時には亡くなった人が見えると話したり、家族の名前や場所が分からなくなったりすることもあります。

こうした変化を知らなければ、ご家族は「急に悪くなった」「苦しんでいるのではないか」と動揺してしまいます。しかし、その多くは体の機能が少しずつ低下していく際に起こる、自然な経過です。

例えば、食べられなくなった方に、何とか栄養を取ってもらおうと無理に食事を勧めることがあります。しかし、飲み込む力が低下している時期には、食べることがかえって負担になる場合があります。

大切なのは、唇を湿らせたり、氷や冷たい果汁を少量口に含んでもらったりして、本人が心地よいと感じることを優先することです。手足が冷たくなったときは、温めたり、やさしくさすったりします。触れてもらっている感覚は最後まで安心につながります。変化の意味を知っているだけで、ご家族の不安は大きく軽減されます。

第2章 最後まで届くのは、家族の声です

終末期には、意識が低下し、声をかけても返事ができなくなることがあります。ご家族は「もう何も分からないのではないか」と思われるかもしれません。しかし、五感の中でも聴力は最後まで残りやすいといわれています。たとえ目を開けなくても、返事がなくても、ご家族の声は届いている可能性があります。

「そばにいるから安心してね」
「今まで本当にありがとう」
「よく頑張ったね」


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そんな言葉を、静かに伝えてあげてください。反応を求めて何度も大きな声で呼びかけたり、無理に目を覚まさせたりする必要はありません。手を握る、背中をさする、好きだった音楽を流す。それだけでも十分です。看取りの場では、言葉にならない小さな反応が見られることがあります。

手を少し握り返す、まぶたが動く、視線が合う、呼吸が一瞬変わる。ご本人にとっては、それが精いっぱいの返事なのかもしれません。会わせたい人がいる場合は、できるだけ早めに会っていただくことも大切です。最期の時間は、医療処置のためだけにあるのではありません。家族が感謝や愛情を伝えるための、かけがえのない時間でもあるのです。

第3章 息を引き取ったとき、慌てなくても大丈夫

終末が近づくと、呼吸の間隔が長くなったり、10秒から30秒ほど呼吸が止まったりすることがあります。あえぐような呼吸や、うめき声が聞かれることもあります。とても苦しそうに見えるため、ご家族は強い不安を感じます。しかし、意識が低下し、体全体の酸素が少なくなってくると、ご本人は見た目ほどの苦痛を感じていないことも少なくありません。

最後には、呼吸が止まり、胸や顎の動きがなくなります。声をかけても反応がなく、脈も触れなくなります。その瞬間に居合わせられなかったとしても、ご自身を責める必要はありません。ご家族が少し席を外した間に、静かに息を引き取る方もいらっしゃいます。

息が止まったと思ったら、まずおおよその時刻を確認し、訪問看護ステーションに連絡してください。救急車を呼んだり、慌てて体を動かしたりする必要はありません。医師と看護師が到着するまで、そのまま静かに寄り添ってください。死亡確認が終わった後は、看護師とご家族でお体を整えます。本人が好きだった服を着せたり、女性であればお化粧をしたりします。それは医療行為というより、ご家族が最後にできる大切なお世話です。

おわりに

私はいつも、看取りとは亡くなる瞬間だけを指すものではないと思っています。ご家族が、

「ありがとう」
「本当にお疲れさまでした」

と、穏やかな気持ちで送り出せる時間をつくること。それが看取りです。だから私たちは、医学的な説明だけでなく、安心を届けたいと考えています。この冊子には、

「大丈夫ですよ」
「慌てなくていいですよ」
「私たちが最後まで一緒にいます」

というメッセージを込めています。看取りは、一人で行うものではありません。ご家族だけで抱え込むものでもありません。医師や訪問看護師は、患者さんの苦痛を和らげるだけでなく、残されるご家族の心を支えるためにもいます。看取りを終えたご家族から、

「悲しかったけれど、悔いはありません」
「家で看取って良かったです」

と言っていただけることが、私たちにとって何よりの喜びです。ご自宅での看取りに不安を感じることは、当然です。その不安を一つずつ減らし、最期まで穏やかな時間を一緒につくること。それが、在宅医療に携わる私たちの役割なのです。

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