医療機関を個人で開業して、売上も上がり軌道に乗ってくると、「医療法人の設立」を勧められます。しかし、医療法人設立のメリット・デメリットを考えているうちに、決断ができない方もたくさんいらっしゃいます。医療法人設立というと単なる節税目的と思われがちですが、本当の目的は、「勤務医、スタッフ、地域のため」です。
私は、最近では歯科衛生士さんの前で講演をする機会を多くいただいています。その中で、「医療法人以外の医療機関で働くことは薦めません」とまで言い切っています。これからの厳しい環境の中では、医療法人設立は必至です。今回の記事では、FP資格をもち自ら医療法人グループを経営する長谷川が、地域のためにも医療法人を設立すべき理由を解説します。
目次
1.医療法人とは?
医療法人とは、医療法に基づいて、診療所、介護老人保健施設を開設・所有する目的とする法人です。医療法人と考えると分かりにくいのですが、一般の株式会社と比較して考えてみましょう。個人事業主で事業を始めた人が、株式会社を設立して、代表取締役社長に就任。会社から役員報酬をもらうように、医療法人を設立して、理事長として役員報酬をもらうのです。
医療法人は、誰でもできるわけでなく、最低でも年間の売上が1億円はないと、設立のメリットはありません。そのため、全国の診療所のうち、医科の約42%、歯科の約21%のみにとどまっています。
私はときどき、「医療法人を設立して失敗した。どうしましょう?」という相談を受けますが、そもそも医療法人がつくれる規模であれば、すでに成功しているといえるのです。
2.医療法人のメリットとは?
医療法人設立のメリットは、節税ではありません。
2-1.投資的発想が持ちやすい
医療法人になると、個人と法人の財布が明確に区別されます。個人事業主の場合、経費は使わなければ使わないほど、お金が個人に残ります。そのため、積極的な投資に躊躇しがちです。しかし、医療法人であれば、個人への役員報酬が一定額保障されます。法人に残ったお金は、積極的に投資にまわすことが出来るのです。つまり、投資的発想を行動に移しやすくなるのです。
2-2.法人保険活用で、万が一のスタッフへの責任
個人事業主の場合、院長に万が一のことがあっても、スタッフに十分な金銭的な責任を負うことが困難です。その点、医療法人では、法人で保険に加入することができます。万が一の場合は、医療法人に保険金が入るため、スタッフに報いることが可能になります。
2-3.勤務医に対しての退職金
会計事務所などから言われる、医療法人設立のメリットは、院長先生の退職金確保が挙げられています。しかし本来、退職金は院長だけでなく、勤務医のためにも準備すべきです。通常、個人事業主で準備をすることは、相当困難ですが、医療法人の場合は、法人保険を使うことで、退職金の原資を作ることができます。
2-4.相続対策
医療機関は、一個人だけでなく地域のためのものでもあります。個人事業主の場合、引退すると閉院しがちですが、医療法人であれば、仮に身内に相続する人がいなくても、他人に売却して継続できるという選択肢が可能になります。
2-5.多少の節税効果
確かに多少の節税効果もあります。その点は、多くの会計事務所などのサイトを参照なさってください。医療法人設立は、節税以上に、スタッフ、勤務医、地域のためのものなのです。
2.医療法人のスタッフのメリット
私が、医師・歯科医・看護師・歯科衛生士さんに「医療法人以外では働くな!」とアドバイスするのには以下の理由があります。
2-1.協会けんぽ
医療法人の場合、多くは医師国保でなく「協会けんぽ」に加入できます。「協会けんぽ」は医師国保に比べ、傷病手当、出産手当金、育児休暇中の保険料免除などメリットが多くなります。ただし、医療法人の中にも、医師国保に加入している法人もあります。確かに法人負担は、少ないのですが、せっかく医療法人にするのです。スタッフのためにも「協会けんぽ」に加入しましょう。
但し、院長先生の場合は、役員報酬も多大のため、医師国保に残ることは一つの選択肢です。
2-2.経営の安定性
そもそも、医療法人である医療機関は、売上も多く、利益も出ているものです。そのため、経営も安定しているため、給与・有給といった待遇面でもメリットが多くなります。
2-3.スタッフが多く、教育システムが期待できる
売上の多い医療法人は、スタッフも多くなります。その結果、組織化され、教育システムも期待できます。私のセミナーでは、「個人立の歯科医で一人しかいない歯科衛生士の募集には、絶対に応募しないように!」とアドバイスをしています。歯科衛生士が一人では、教育されることもないため、成長することができないのです。
4.医療法人設立のデメリットは少ない、とは
医療法人のデメリットを強調する方もいらっしゃいますが、私個人としては殆どデメリットはないと考えます。
4-1.個人で使えるお金が減る?
「医療法人になると個人で使える自由になるお金が減ります」といったデメリットを言われます。そもそも経営者として、個人と事業のお金を分けることは当然です。決してデメリットではなく、金融機関などに対する信用につながります。
4-2.国からの余剰資産没収は防げる
「医療法人にお金が残ると、国に没収される」といったデメリットも言われます。しかし、常に貸借対照表の純資産を意識しながら、役員報酬を設定、法人保険にも加入、適宜プライベートカンパニーも設立すれば問題はありません。かえって、貸借対照表を意識する経営が身につきます。
4-3.後継者がいなくても自分の退職金にできる
適切な純資産額に心がければ、後継者がいない場合も退職金で対応が可能です。つまり、「医療法人にお金が残ると、国に没収される」は都市伝説のようなものなのです。
*都市伝説:本当にあったとして語られる『実際には起きていない話』
5.地域に愛される医療法人を
個人立で始めた医療機関を、医療法人化することは、スタッフ、勤務医が働きやすくなります。その結果、組織化され教育システムも構築され、医療レベルも必然的に上がります。そんな医療が、何代にもわたって継続される。これこそ、社会資源であり、結果的に地域に愛される医療機関になるのです。
多くの院長先生に、個人の節税・資産形成を目的としない医療法人を設立してもらいたいものです。
6.まとめ
- 医療法人設立は、節税など院長のためのものではありません。
- 医療法人の安定した経営・組織力・教育システムがスタッフのレベル向上につながります。
- 何代も引き継がれる医療法人こそが、社会資本として地域に愛されるのです。