2022年1月27日、訪問診療を専門している医師が、在宅で看取りをした患者さんの息子さんに散弾銃で殺害されるという事件が発生しました。殺された医師は、加害者の92歳の母親を事件前日に自宅で看取りをしていたようです。私自身、年間5~60件の在宅看取りをしており、多くのご家族に感謝をいただき、とてもやりがいのある仕事であると感じています。
そんな遺族に医師が殺害されるなど、他人ごとではなく、とても寂しい事件です。今回の事件の背景には、胃ろうの処置について、医師と加害者との間に意見の違いがあったとのことです。私は以前から、高齢者に対する胃ろうの処置については、一部の例外を除いて反対の立場をとっています。事件をきっかけに、医師が自己防衛のために胃ろう処置をすることが懸念されます。今回の記事では、改めて高齢者に対する胃ろう処置についてご紹介し、多くの方々が後悔のない選択をしてもらいたいと思います。
目次
1.胃ろうは高齢者のためのものではない
胃ろうとは、人工的に皮膚と胃の間に穴を作ってチューブを通す処置のことです。この技術は、1979年に米国で小児患者用に開発されたものです。したがって年を取って食事が取れなくなった人を想定していたわけでなく、あくまで障害を持った小児のために開発されたのです。
しかし、日本では食事のとれなくなった高齢者にも導入され、平成22年のデータでは、全国の胃ろう患者数は約26万人と推計されます。65歳以上の高齢者人口は、3,459万人(平成28年)ですから高齢者の130人に一人は胃ろうを使っていることになります。
2.海外では胃ろうを入れると訴えられる
海外では、高齢者に胃ろうを入れることは殆どありません。高齢あるいは、がんなどで終末期を迎えたら、口から食べられなくなるのは当たり前で、胃ろうや点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的であると、国民みんなが認識しているからです。逆に、そんなことをするのは老人虐待という考え方さえあるのです。口から食べられない認知症高齢者に胃ろうを付けているような国は日本だけなのです。以下の言葉が日本の特殊性を表しています。
- 胃ろうを造らないと訴えられる国 日本
- 胃ろうを造ると訴えられる国 欧米
- 胃ろうを知らないその他のほとんどの国々
3.胃ろう導入による悲惨な最期
食事が摂れなくなった高齢者への胃ろうは無用な延命になるだけなく患者さん自身にさらなる苦痛を与えます。そのため、今回の加害者のように胃ろうの導入を希望されても医師としては安易に同意するわけにはいかないのです。
3-1.誤嚥性肺炎を繰り返す
人間は口から食事を摂らなくても、1日1,500㏄の唾液が分泌されます。そのため、胃ろうになって口から食事をとらなくても、唾液を原因として誤嚥性肺炎を繰り返します。肺炎を起こすたびに痰と咳と発熱を繰り返し、医療的な処置である吸痰により苦しむことになるのです。
*吸痰:自分で喀出できない痰を、鼻や口からチューブを使って取り除く医療行為
3-2.足が腐っても、生かされる
私が経験したケースです。まったく食事が摂れなくなり、意識もない状態の患者さんでした。両足がつま先から腐ってきました。それでも、胃ろうからは栄養が補給されます。本来は生物学的には死んでいても、死なせてもらえないようなケースでした。
3-3.療養先が限られる
胃ろうが導入された患者さんへの胃ろうへの栄養剤滴下は、介護職には認められていません。そのため入所できる施設が限定されるため、やむを得ずに自宅で家族が介護しているケースも増えています。
ちなみに胃ろう造設者の、90%以上が寝たきりで、12%が胃ろう造設後5年超経過しています。自宅で看るには相当の負担です。つまり、安易に胃ろうを導入しても療養してもらえる施設の枠は限られており、結果として、家族に重い介護負担を負わせることになっているのです。
4.死ぬから食べない!
高齢者の患者さんが、食事が摂れない状態が続くと、ご家族によっては、「食べれなければ死んじゃうじゃないですか!」と声を荒らげる方さえいらっしゃいます。
人間は最後は必ず食事が摂れなくなって亡くなるのです。人間は最期が近くなると、余分なものは受け付けず、体の中を少しずつ整理し、いらないものを全て捨てて、軽くなるのです。つまり、「死ぬから食べないんです」
実際、食事を摂らないと周囲の方は「苦しいのでは?」と考えてしまいますが、食事を摂らないと脱水状態になり軽い麻酔状態となります。この状態は、患者さんにとっては心地良いものと考えられています。
5.どうしても理解できないご家族の特徴
最近、「人間は最後は必ず食事が摂れなくなって亡くなる」という当たり前のことが理解できないご家族が増えてきたような気がします。若干、私の個人的な感想が入っていますが以下のようなケースです。今回の加害者は、以下の3つを満たしていると考えられます。
5-1.介護者が一人
介護を一人で抱え込んでいる人に多くみられます。他に介護者がいれば、介護の精神的、肉体的なストレスも分担されます。また、高齢の要介護者への延命についての他の家族が、正しい意見を言ってくれることも期待できます。一人で介護をしていると全く聞く耳を持たずに、暴走してしまうのです。
5-2.介護者が未婚
2020年の生涯未婚率は男性25.7%、女性は14.9%と急増しています。通常、結婚をしていると自分の親にだけかかりきりになれません。また、配偶者や子供からも正しい情報を得ることができます。しかし未婚の子供たちは、すべての愛情を親に注ぎがちです。そうなると、親が高齢になり食事が摂れなくなって亡くなることが受容できなくなる傾向が強くなるようです。
5-3.介護者が親の年金を当てにしている
介護者の中には、自分では働かず、無年金の方もいらっしゃいます。そうなると親の年金が収入のすべてです。親が亡くなることで路頭に迷います。そのため、患者さんの状態が悪化した際も、普通なら自然に看取るケースでも延命を希望されます。言葉では、「どんな形でも生きてほしい」と言われますが、実は「年金のために生きてほしい」なのです。
6.まとめ
- 胃ろうはそもそも、高齢者の延命目的の処置ではありません。
- 胃ろうによる無用な延命はかえって患者さんを苦しめます。
- 胃ろうを希望される家族の中には、親の年金を当てにしている方もいらっしゃるのです。