食事がとれない嚥下障害と、食事をとらない摂食障害の違いを専門医が解説

食事がとれない嚥下障害と、食事をとらない摂食障害の違いを専門医が解説

高齢者の介護において、食事量の低下は切実です。他の訴えは様子観察が可能でも、「食事量の低下」は、様子観察だけでは、命に直結します。そんな、「食事量の低下」には大きく2つの病態に分けられます。「食事をとらない」と「食事がとれない」です。この2つは、医学的には、摂食障害と嚥下障害と呼ばれています。

今回の記事では、多数の嚥下造影の経験を持つ脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、摂食障害と嚥下障害の違いと、対応方法について解説します。

目次

1.摂食障害と嚥下障害とは?

摂食嚥下障害とひとくくりに表現されますが、その病態は、「摂食障害」と「嚥下障害」に分けられます。

1-1.摂食障害とは?

食事とは、食べ物を認識して、口の中に入れ、咀嚼して、それを食道を介して胃に送り込む一連の行為を言います。その中で、摂食障害は、食べ物を認識してから、胃に送り込むまでの段階の障害です。つまり、食べようという欲求自体が低下して、「食事をとらない」のです。具体的には、認知症の患者さんの症状が進行してしまい、食事自体を認識しなくなるのです。この段階での対応は、そもそも口を開けてくれない、食べ物を口に入れても吐き出してしまうため、対応は困難となります。

1-2.嚥下障害

嚥下障害は、食事をしたいという欲望はあります。しかし、食べ物を口に入れて咀嚼しても、上手に飲み込むことができないため、むせたり、気管に誤嚥したりしてしまいます。まさに「食べたいけど食べられない」のです。この場合は、飲み込む機能が改善する可能性があるため嚥下リハビリも積極的に行います。

2.原因疾患と発症年齢と経過の違い

摂食障害と嚥下障害には、原因疾患と発症年齢を含めた経過が異なります。

2-1.摂食障害

多くの摂食障害の原因は、認知症もしくは老衰に伴うものです。そのため、80歳以降におこることが多く、90歳以上で食事の摂取が困難なケースは、殆どが摂食障害です。認知症の中でも、アルツハイマー型認知症については、私も100例以上の嚥下造影を行いましたが、嚥下機能は殆ど維持されています。つまり、食べ物を食べる機能に問題はなく、食事自体の認識の低下で食事を摂らなくなるのです。

*嚥下造影検査(swallowing videofluorography: VF):バリウムなどの造影剤を含んだ食事をX線透視下で食べてもらい、透視像をビデオやDVDに記録し、嚥下運動や適切な食形態を評価・診断する検査。

食事を食事として認識しなかったり、食べる気がない状態です

2-2.嚥下障害

嚥下障害は、摂食障害にくらべ、発症が10歳以上若くなります。70歳前後で、脳血管障害の既往があります。それ以降、食事をする際だけでなく、安静時にも唾液でむせてしまいます。ひどい場合は、誤嚥性肺炎を繰り返し、その都度入院・絶食・治療を行い、さらに嚥下機能が衰えてしまいます。このような経過をたどる患者さんが、90歳を超えることは殆どなく、それ以前に天寿を全うしてしまいます。

咀嚼して飲み込もうとしてもうまくいかず、むせたり戻したり、気管に入ってしまう状態です

3.摂食障害と嚥下障害の画像所見の違い

脳神経内科専門医であれば、頭部CTを見れば、摂食障害と嚥下障害のどちらかであるかは、分かります。

3-1.摂食障害の画像所見

摂食障害の患者さんは、脳自体に委縮は見られますが、古い梗塞巣や出血巣は見られません。ある意味、脳自体はとてもきれいなのです。ただし、アルコールの多飲歴がある場合は、その萎縮があまりに高度のため、嚥下障害を認めることがあります。

3-2.嚥下障害

嚥下障害の患者さんは、必ず、梗塞巣があります。普通に食事ができていても、麻痺が残るような脳血管障害の患者さんの場合は、かならず嚥下障害があると考えてください。その中でも、両側に梗塞巣がある場合は、仮性球麻痺と言って、嚥下障害が重度のなるため、誤嚥性肺炎を起こす確率が高くなります。


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*仮性球麻痺:延髄の損傷により嚥下困難、構音障害、咀嚼障害などを生じることを球麻痺。その原因が、延髄より上位の脳幹部や大脳が損傷されたことによる場合は、仮性球麻痺という。

4.摂食障害と嚥下障害の嚥下機能の違い

摂食障害の方に、嚥下造影検査を行うと嚥下機能の問題は見られません。ですから、食事を口腔内に運んでさえすれば、自分で飲み込むことは可能です。

我々は、食事を送り込み時は、無意識に嚥下をすることで気管支にふたをして、食べ物を食道に流し込みます。嚥下障害は、嚥下の際の、気管支を閉じる働きが遅く、不十分になります。そのため嚥下造影検査では、食べ物の一部が気管支に入ってしまうことが観察できます。患者さんの状態が良ければ、むせることで誤嚥した食べ物を排出できますが、時に、気管につまって窒息してしまうこともあるのです。

5.摂食障害と嚥下障害のリハビリの効果の違い

人によっては、食べられなくなったら何でも嚥下リハビリが有効と勘違いされている方がいらっしゃいますが、摂食障害には、嚥下リハビリは無用です。何しろ嚥下機能には問題はないのですから・・。逆に、口に甘いものをいれてあげて、「食べ物=美味しい」という認識を呼び覚ましてあげることは有効です。具体的には、口にチョコレートなどを入れてあげると反応されることもあります。

嚥下障害の患者さんに対する嚥下リハビリは、食べ物を使用せずに行います。食べる前に、嚥下の際に必要な筋肉を動かしたり、刺激を加えることで、口腔周辺の運動や感覚機能を促します。さらにアイスマッサージといって、凍らせた綿棒で喉の奥や舌を刺激することで、嚥下反射を誘発する方法も有効です。

嚥下リハビリでは口やアゴ、舌の運動を行うなどします

6.摂食障害と嚥下障害の胃ろう対応の違い

いろいろな対策をしても食事を摂ってくれない、食事が摂れない場合は、胃ろうも検討されます。胃ろうについても、摂食障害と嚥下障害では対応方法が異なります。

摂食障害の場合、高齢であり、原因も認知症・老衰ですから、胃ろうについてはお勧めしません。かえって患者さんの苦痛を長引かせるため、食事が摂れなくなっても自然経過での看取りがお勧めです。以下の記事も参考になさってください。

一方で、年齢も若く、嚥下障害以外に意識レベルや認知機能が良好な場合は、胃ろうも検討します。その場合、胃ろうを造ってからも経口からの食事摂取を残すことが重要です。具体的には、胃ろう増設当初は、必要な食事量の1割程度を口から摂取します。そこから徐々に口からの摂取量を増やしていきます。そうすると、最終的に胃ろうを使わなくなることがあるのです。これを、胃ろうを使わなくするための「積極的胃ろう」と呼んでいます。

7.まとめ

  • 食事量の低下には、「食事をとらない摂食障害」と「食事がとれない嚥下障害」があります。
  • 認知症・老衰にともなう摂食障害の患者さんの年齢は、80歳以上であることが多く、改善は困難です。
  • 嚥下障害は、摂食障害にくらべ10歳程度若いため、嚥下リハビリや積極的胃ろうも検討します。
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