糖尿病の治療は、血糖を下げることが大事です。しかし、高齢者の場合は、副作用としての低血糖に注意が必要です。高齢者は、若い人に比べ低血糖発作を起こしやすく、さらに周囲からも気づかれにくい特徴があります。その上、いったん低血糖になると、認知症や脳血管障害を引き起こすので、とても危険です。
今回の記事では、認知症専門医であり認定内科専門医でもある長谷川嘉哉が、高齢者の低血糖発作について解説します。
目次
1.低血糖発作とは?
血糖値が高い状態である糖尿病の治療中に、血糖値が下がりすぎて70㎎/㎗以下になると低血糖症状を起こします。低血糖発作ではレベルによって以下のような症状が起こります。
1-1.自律神経症状
血糖値50~70㎎/㎗と比較的軽い低血糖では、強い空腹感、動悸、冷汗、手の震え、脈が速くなるといった自律神経症状が出現します。意識が保たれているこの段階での対応が大事です。
1-2.中枢神経症状
血糖値30~50㎎/㎗まで下がってくると、頭痛、集中力の低下、眠気、脱力感、疲労感、めまいといった、中枢神経症状が現れます。これ以上血糖が下がると危険ですので、早急な対応が必要です。
1-3.大脳機能低下
血糖値が30㎎/㎗以下になると、意識がもうろうとしたり、意識消失を起こします。異常行動を起こしたり、昏睡状態になることもあります。こうなると、躊躇せずに救急受診が必要です。
2.高齢者が低血糖発作を起こすと
高齢者が低血糖発作を引き起こすと、以下のようなダメージを受けてしまいます。
2-1.認知症が進行
糖尿病があると、アルツハイマー型認知症に約1.5倍なりやすく、血管性認知症に約2.5倍なりやすいと報告されています。そのため、糖尿病のコントロールはしっかりしたいものです。しかし、糖尿病の治療によって副作用で低血糖発作をおこすと、認知症発症の危険性が高くなることが報告されています。逆に、認知症患者さんは低血糖の危険性が高いことも報告されています。
2-2.脳血管障害の発症
高齢の糖尿病患者さんは、全身の血管の動脈硬化が進行しています。そのため、低血糖発作を機に、心筋梗塞や脳梗塞を発症することがあります。
2-3.転倒・骨折のリスク増大
糖尿病患者さんは、血糖のコントロールが悪いと転倒しやすいと報告されています。一方で、血糖が下がりすぎていても、転倒しやすいと報告されています。つまり、高齢者の場合は、高血糖でも低血糖でも転倒しやすくなるのです。
3.高齢者が低血糖発作を起こしやすい理由
高齢者は低血糖発作を起こしやすい特徴があります。それはなぜでしょうか。
3-1.代謝の悪化
高齢になると、全身の機能が低下します。とくに薬を分解する肝臓や、薬を排出する腎臓の機能が低下すると、糖尿病の薬が予想以上に効いてしまうために低血糖が起こりやすくなるのです。
3-2.低血糖発作を見逃しやすい
高齢になって、自律神経の働きや認知機能が低下していると、「体がふらふらする」「頭がくらくらする」「目がかすむ」といった低血糖の症状が自覚しにくい傾向があります。そのうえ、周囲からも低血糖の症状が分かりにくいため、見逃がされる可能性が高くなるのです。
3-3.食事量が不安定
患者さんによっては、食事の量が不安定が方がいらっしゃいます。通常は、制限がいるほどたくさん食べるかと思えば、体調が悪いと全く食事を取らない方もいらっしゃいます。医師としては、食事量が多いときと、少ないときのどちらに治療をあわせるか迷ってしまうのです。
4.高齢者の低血糖発作の対処方法
周囲から見逃されやすい高齢者の低血糖発作ですが、以下のように対応します。
4-1.迷ったら糖分を投与
糖尿病患者さんは、低血糖も起こしますが、高血糖も起こします。そのため、反応が悪くなった場合、高血糖か低血糖で迷うことがあります。そんな時は、迷わず糖分を投与しましょう。人間は、高血糖の患者さんに糖質を加えても命には影響はありません。しかし、低血糖の患者さんに糖分の投与が遅れた場合は、命に関わります。したがって、迷ったら糖分の投与が必要なのです。
4-2.自分で飲める場合
高齢者の方が自分で飲める場合は、砂糖20g程度(大さじ2杯程度)を取りましょう。もしくは、砂糖を含む清涼飲料水やジュースを200㎖程度飲みましょう。通常は、ジュースなのに含まれる糖分の過剰摂取が問題になりますが、低血糖発作時には役立ちます。低血糖発作であれば、通常は、15分程度で症状が改善しますが、症状が継続するなら再度摂取をしてください。代表的な飲み物の、糖質量をご紹介します。低血糖発作時以外にはとても飲みたくはない砂糖の塊であることがわかります。
- ポカリスエット:500㎖に31g
- ポンジュース:500㎖に51.5g
- コカ・コーラ:500㎖に56.5g
- 三ツ矢サイダー:500㎖に55g
- キリンレモン:500㎖に50g
- CCレモン:500㎖に43.4g
4-3.自分で飲めない場合
周囲の方が、砂糖やジュースを口に入れてみてください。何とか飲める場合は、少量ずつ与えてください。意識が混濁して飲めない場合は、無理には飲ませずに、少量を歯肉に塗り付けてください。そして、同時に救急車を呼ぶようにしてください。
5.低血糖発作を起こさないための薬物療法
低血糖発作を起こさないためには、以下のチェックが必要です。
5-1.低血糖を起こしやすい抗糖尿病薬に注意
糖尿病の経口薬の中でも、インスリン分泌を刺激するタイプの糖尿病薬が低血糖を起こしやすくなります。その中でも、スルホニル尿素薬や速効型インスリン分泌促進薬が代表的です。これらの薬は、血糖値に関係なくインスリンの分泌を刺激するため低血糖発作をおこしやすくなるのです。
- スルホニル尿素薬:グリベンクラミド(商品名:ダオニール、オイグルコン)、グリクラジド(商品名:グリミクロン)、グリメピリド(商品名:アマリール)
- 速効型インスリン分泌促進薬:ナテグリニド(商品名:ファスティック、スターシス)、ミチグリニドカルシウム水和物(商品名:グルファスト)、レパグリニド(商品名:シュアポスト)
5-2.昔は、スルホニル尿素薬が中心であった
特にスルホニル尿素薬は歴史が古く、1970年ごろから使われています。値段と効果の点からも多くの医師が使ってきました。しかし、10年ほど前からは、副作用が少なく、効果的な薬が発売され、最近では第一選択薬ではなくなってきました。そのため、若い先生からは、「なぜ昔の先生は、時代遅れのスルホニル尿素薬を処方しているのですか?」と質問されたことがあります。
我々30年目の医師も、この10年は第一選択薬に、スルホニル尿素薬を処方することはありません。しかし、スルホニル尿素薬しかなかった時代に処方された患者さんは、血糖のコントロールが良好であれば変更する必要がなかったため継続しているだけなのです。
5-3.スルホニル尿素薬はコントロールが良くても減量・中止を
10年以上スルホニル尿素薬を使っていて、血糖も良好であれば薬の変更は不要と思われるかもしれません。しかし、患者さん自身も、徐々に年を取ります。そうなると、今までは良くても、今後低血糖発作を起こす可能性が高くなります。だからこそ、体調も良く、血糖のコントロールの良いときにスルホニル尿素薬を変更することをお勧めします。
具体的には、スルホニル尿素薬を半分に減らして、DPP4阻害薬を加えます。2剤を併用しながら、血糖値の経過をみて半分に減らしたスルホニル尿素薬を中止します。私の場合は、おおよそこの方法でスルホニル尿素薬を減量・中止することができています。
*DPP4阻害薬:血糖の上昇に伴って作用するため低血糖をおこしにくいことが特徴です。
6.低血糖発作を起こさないための生活習慣
低血糖発作を予防するには、生活面での対策も重要です。
食事は規則的に取りましょう。できるだけ食事を抜くことは避けましょう。しかし、風邪や胃腸炎で食事がとれないときは、糖尿病の薬は中止しましょう
また運動は必要ですが、しっかりと食事をとってから、適度な負荷の運動を心掛けましょう。空腹時の運動や入浴も避けましょう。
そもそも、75歳を超えた患者さんの場合は、過剰な血糖のコントロールは不要です。過剰な食事制限は避けましょう。また、医師とも相談して、最低限の薬の量にしてもらいましょう。
7.まとめ
- 高齢者は、低血糖になりやすいうえに、気が付かれにくいという特徴があります。
- 高齢者が低血糖をおこすと認知症、脳梗塞、転倒・骨折の危険が高くなります。
- 低血糖予防のためには、血糖のコントロールが良好でも低血糖をおこしにくい薬への変更が必要です。