認知症専門外来をやっていると、よく聞かれる質問があります。「患者さんの最期はどうなるのですか?」です。確かに認知症の患者さんは、物忘れはしますが、身体自体はとても丈夫です。ここから亡くなることなどはイメージできません。
しかし、認知症の患者さんも必ず最期を迎えます。その時に、ご家族が適切な判断ができるか否かが安らかな最期につながります。そのためにも、ご家族に認知症患者さんの最期をイメージしていただきたいのです。
今回の記事では、認知症専門医で訪問診療も行っている長谷川嘉哉が認知症の最期について、ご家族のみなさまがイメージしやすいように解説します。
目次
1.認知症の最期は?
結論から言うと、認知症の患者さんの最後は「食事を摂らなくなります」。患者さんは元気の時は、食欲は旺盛な方が多いです。しかし、経過の中で骨折、肺炎、老衰により徐々に食事量が減ってきます。そして、最後は食事自体を認識することができなくなり、生命的最期を迎えるのです。
2.食事を摂らなくなったら以下を否定
認知症の患者さんが食事を摂らなくなったらすぐに最後と考えるのは早急です。以下の病態の場合は、治療することで食欲が改善しますので見逃してはいけません。
2-1.脱水
認知症の患者さんの多くは高齢者です。高齢者は、ちょっとした風邪などの体調変化で食事量が低下し、簡単に脱水になってしまいます。脱水になると、さらに食事・水分量が落ちる悪循環に陥ります。
そのため、一度は脱水の治療がお勧めです。人によっては、たった一度、500㎖程度の点滴を行うことで脱水が改善。その後、自身で食事が摂れるようになるケースもあるのです。
2-2.感染症
認知症の症状が進行すると、体力が落ちてきます。そのため、知らないうちに肺炎、胆嚢炎、腎盂腎炎といった感染症に罹ります。その際、熱が37度立ち程度と軽度であることが多いので注意が必要です。必ず、緊急の血液検査で、白血球、CRPを測定する必要があります。これらの数値が上がっている場合は、感染症を疑い抗生剤投与を行います。感染症が改善することで、自身で食事が摂れるようになるケースもあるのです。
*CRP=C反応性蛋白:体内で炎症反応や組織の破壊が起きているときに血中に現れるタンパク質。
2-3.スルピリド(商品名:ドグマチール)の効果判定
脱水も感染症も否定されている。しかし、食欲が全く出てこないケースには、一度はスルピリドを処方します。量的には、1錠50㎎を1日2回です。本来、スルピリドは、ベンズアミド系の定型抗精神病薬で、統合失調症、うつ病および胃潰瘍、十二指腸潰瘍の治療薬として承認されています。
しかし食欲増進作用があるため、認知症の患者さんに投与すると食欲が改善することがあります。そのため、一度は試してもらいたい処方です。
3.家族には突然、選択を迫られる
脱水も感染症も否定、さらにドグマチールも効果がない。この状態は生命体として食事がとれない、つまり「死」が近いことを意味します。
3-1.入院?施設もしくは自宅?
認知症の患者さんが食事がとれなくなった状態では、自宅もしくは施設に入所されています。いずれにせよ、ご家族に決断していただくことがあります。それは、病院に入院するか、自宅・施設での看取りかの選択です。
3-2.迷っている時間はない
この選択を迷っている時間はありません。食事がとれない状態では、1日も猶予はできません。医師からの質問にはすぐに回答が必要になります。
3-3.後悔しない選択を
突然、迷う時間もないのですが、この選択を間違えると、患者さんは悲惨な最期を迎えてしまいます。逆に適切な選択ができれば、後々家族として後悔することもないのです。
4.入院選択の愚
私は、認知症専門医および在宅医として1000名以上の看取りに立ち会ってきました。その経験からいえることは、認知症の患者さんが最後に食事が摂れなくなった状態での病院への入院は避けるべきです。
4-1.何もしない選択はない
自宅や施設の場合、食事がとれなくなった患者さんに対して、医療的処置を行うことなく自然に看取りをする選択があります。しかし、病院への入院は、治療が必須です。病院では、「医療的処置をしない看取り」をする選択はありません。
4-2.点滴・・時に中心静脈栄養まで胃ろう
そのため入院をすると多くの場合は、胃ろうもしくは中心静脈栄養が留置されます。しかし、その後病院に入院し続けることはできません。病院側の本音は、一日でも早く退院してもらいたいのです。なお、胃ろうについては以下の記事も参考になさってください。
4-3.退院後に行く場所がない
胃ろうや中心静脈栄養が留置された状態で、自宅での介護は相当大変です。多くの方は、施設入所を考えますが、胃ろうや中心静脈栄養の管理は医学的処置になります。そのため、この状態ではグループホームや有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅、老健、特養への入所はほぼ不可能です。
そのため、療養型病床群といった劣悪な施設を選ばざるを得ないのです。しかし、それでも入院できればまだよい方です。療養型病床群ついては以下の記事も参考になさってください。
5.自然の死を選択すると、穏やかな最期
入院を選択しないで、自宅・施設での看取りを選択すると穏やかな最期を迎えることができます。家族の中には、食事・水分が取れないことが患者さんにとって苦痛では?と心配される方もいらっしゃいます。しかし、食事・水分が取れない状態は、麻酔がかかったような状態であり患者さんにとっては「心地良い状態」なのです。
この状態でかえって、入りづらい血管に点滴を行う方がかえって苦痛を増します。時々、看取りを決断されたご家族が、「何となく可哀そうに思えるので、点滴だけでもお願いできませんか?」と言われることがあります。それに対しては、厳しいようですが、「あなたの感情のために、患者さんを苦しめても良いですか?」と聞き返します。そうするとご家族も納得いただけるのです。
6.穏やかな最期を阻害するもの
家族が正しい選択をすれば、穏やかな最期を迎えることができます。しかし、以下のようなものが、穏やかな最期を阻害してしまいます。
6-1.看取りをしない施設を選択してしまう
多くの老健や特養では看取りは可能です。しかし、グループホーム、有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅では看取りをするかしないかは、施設の方針に委ねられています。入所に際しては、必ず確認をするようにしてください。
知らずに入所して、最後の段階で、「うちでは看取りはしません」と言われると、結局入院するしかなくなるのです。以下の記事も参考になさってください。
6-2.とりあえず入院と選択してしまう
いまだに、「何かあれば入院」と考えているご家族がいらっしゃいます。正直、相当時代遅れの考えです。しかし、こういったご家族は、周囲の意見を聞き入れられない傾向が強いため、結局入院という結論を取られます。そして入院後に胃ろうが設置され、早々に退院。「家族の誰かが胃ろう他の管理をしなくてはいけない」という結論に気が付かれるのです。
6-3.家族が決められない
入院しないという決断は、すぐに「死」を意味します。そのため決断できない方がいらっしゃいます。私の経験では、息子さんたちがその傾向が強いようです。娘さんたちは、「この年まで生きたから、十分だよね」とすぐに決断されます。一方で男性は自分では介護をしていないのに、世間体や理屈を考え、結局決められません。特に、男3人兄弟は最悪です。決断できない息子が3人揃うとまず決断は無理です。
7.認知症患者さんが穏やかな最期を迎えるためには
結局、穏やかな最期を迎えるためには以下が大事です。
7-1.患者さんの意思を決めておく
患者さんの意思が大事です。これは、認知症になる若い時代から自分自身で考えておくことがお勧めです。難しいことはありません。「口から食事が摂れなくなったら自然の死を希望する」という意思を持てばよいだけです。そして、エンディングノートにこれらを記載しておくことをお勧めします。
*エンディングノート:高齢者が人生の終末期に迎える死に備えて自身の希望を書き留めておくノート
具体的な商品例をAmazon広告にてご紹介します。
7-2.子供さんに伝えておく
エンディングノートだけでは不安です。子供さんたちに、常に伝えておきましょう。特に、先ほどご紹介したように息子さんしかいない方は注意が必要です。私の患者さんには、「最期に病院に入院させたら、ばけて出るから」とまで言っている方さえいらっしゃいます。
7-3.「人間は最期は食べられなくなる」ことを皆が理解する
当たり前です、どんな経過をたどろうが人間は最後は、口から食事が摂れなくなって無くなります。医療が進んだ現在、こんな当たり前のことが結構忘れられています。皆さんが、「人間は最期は食べられなくなる」を理解して、受け入れることが大事なのです。
8.まとめ
- 認知症の患者さんの最後は食事を摂らなくなって、亡くなります。
- 食事を摂れなくなったら最低限、脱水、感染症を否定しましょう。
- 以上を否定しても食事が摂れない場合は、入院せず自宅・施設での看取りをお勧めします。