自分と次女の誕生日=バレンタインデーの寂しい思い出・・

2016-02-15

 昨日、平成28年2月14日は、私の50回目の誕生日でした。つまり、バレンタインデーが私の誕生日なのです。バレンタインデーは、欧米では、男性も女性も、花やケーキやカードなど様々な贈り物を、恋人や親しい人に贈る日のようです。しかし、1970年代後半(昭和50年代前半)、つまり私が小学校の高学年から中学生になるころに、女性が男性に親愛の情を込めてチョコレートを贈与するという「日本型バレンタインデー」になったようです。

そのため、私には寂しい思い出があります。中学1年のとき、女子生徒がチョコレートを学校に持ってくることが問題になったのです。学校側は、状況把握のため男子生徒だけを教室に集めました。そして、先生は『全員机の上に顔を伏せろ、そして今日チョコレートをもらった人は手を挙げなさい』と言ったのです。顔を伏せていても、人の気配は感じるものです。何人もの人が、手を挙げたようでした。正直、自分も手を挙げたいと思いました。しかし、チョコレートは貰っていないので、挙げるわけにはいきませんでした。自分の誕生日でありながら、とても複雑で情けない思いをしたものでした。そんな経験からか、7年ほど前から、会社内でも経済的・精神的負担解消のため、義理チョコの制度も敢えて中止としました。

ところで、2月14日は、私の次女の誕生日でもあります。予定日は1月の末日であったため、まさか一緒になるとは思っていませんでした。しかし、待てど暮らせど生まれる気配がありません。産婦人科の教科書を読み直すと、予定日をあまり越えると、合併症もあり不安になったものです。そして、予定日を2週間おくれて、私の誕生日に4200gの巨大児として生まれたのです。生まれたときは、群を抜いて大きかったのですが、現在は身長154cmと、友達の中でも小さい方ですから成長とは分からないものです。昨日で20歳になり、同じ誕生日で、血液型もB型と、まるで自分を見ているように自由奔放です。好き嫌いを、はっきりと言うところも、全く自分と同じです。


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いずれにせよ、多くの方々のお陰で、無事50歳になれた事に感謝するとともに、20歳まで健やかに育ってくれた次女に感謝します。

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