自宅に帰りたいわけでない帰宅願望への対応を認知症専門医が解説

自宅に帰りたいわけでない帰宅願望への対応を認知症専門医が解説

認知症患者さんの介護をしていて、ご家族や施設が困る症状に帰宅願望があります。しかし、生まれてから同じ場所に住み続けている患者さんでも、「家に帰ります!」と言って出ていこうとします。思わず「帰るってどこに?」と突っ込みたくなりますが、本人は真剣です。どうも帰宅願望は自分の家に帰りたいわけではないようです。

グループホームなどでは、夕方になると一斉に多くの入所者さんが帰宅願望を訴えます。そんな時は、介護的対応で工夫をします。しかし、時に薬の調整で改善することもあります。

今回の記事では、帰宅願望の実態と、医療・介護的な対応方法についてご紹介します。

1.帰宅願望とは?

帰宅願望とは、認知症のBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:心理・行動症状)のひとつです。「家に帰りたい」と訴えて、実際に家の外に出て行ってしまう症状です。自宅以外の場所で「帰りたい」という欲求が出るだけでなく、家にいても帰宅を訴えるため、介護者は対応に困ってしまいます。

帰宅願望は、夕暮れ症候群と一緒に出現することが多い点も特徴です。夕暮れ症候群とは、認知症患者さんが 午後から日没頃になると徘徊・興奮・攻撃・叫 び声・介護抵抗などの行動が出やすい状態を言います。

認知症がない方でも、夕暮れ時はどこか物寂しい気持ちがするものです。そんな時間帯に、帰宅願望も出現しやすくなるのもやむを得ないのかもしれません。

2.帰宅願望が出現しやすい認知症の段階は?

帰宅願望は、物忘れを中心とした中核症状が出ている時には、ほとんど見られません。しかし、認知症の評価スケールであるMMSE(Mini Mental State Examination)が30点満点で20点を切るころになるとBPSD症状の一つとしての帰宅願望が出現しやすくなります。

つまり、帰宅願望が出現する段階では、認知症は進行していると考えて良いのです。

3.患者さんはどこに帰りたいのか

認知症患者さんのご家族からは、「いったい本人はどこに帰りたいのでしょうか?」と質問をされることがあります。

3-1.本当の自宅に帰りたいわけでない

帰宅願望は本当の家に帰りたいわけではありません。実際、生まれてから一度も家を変わったことがない男性患者さんも、「家に帰りたい」と言われます。家族にすれば、「親父はこの家以外に住んだことがないのに?」と不思議に思われていました。だとすればどこに帰りたいのでしょうか。

3-2.自身が必要とされていた時代

帰宅願望は家に帰りたいわけでなく、自分が最も輝いていた時代に戻りたがるようです。輝いていた時代とは、最も皆から必要とされていた時代です。男性であれば、仕事が強烈に忙しかった時代。女性であれば、家事・子育て・旦那の世話と一人で何役も担っていた時代です。当時は、「なぜ、自分ばかりがこんなに忙しいのか!」と不満を抱えていた時代こそが、最も輝いていたのです。


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3-3.自身が落ち着いていた時代

もう一つは、最も不安がなかった安住の時代にも帰りたがる場合があります。両親の庇護のもと、兄弟にも囲まれていた時代。女性の場合は、実家に帰ろうとされる方がとても多く見られます。

Japanese family dining together with happiness
「あの頃に帰りたい」という願望は誰しも持っているかもしれません

4.対応方法は?

帰宅願望には基本的には介護的対応で対処します。

4-1.興味を逸らす

帰宅願望を訴えられたら、まずは要望を聞いて少し待っていただきます。その間に、おやつをお勧めしたり、時間がたてば夕食をお勧めし、さらには入浴をお勧めします。認知症の患者さんは、同時に二つのことを考えられないことが多いため、うまく帰宅願望を忘れてくれることがあります。

4-2.不安を取り除く

帰りたい気持ちには理由があります。「家族の夕飯を作るから帰りたい」「家の戸締りをしなくては」などです。理由がわかったら、今度は「戸締りは済んでいるから大丈夫」というように、帰らなくても問題ないことを伝え、不安を解消するようにしましょう。

4-3.環境を整える

本人が安心できる居心地の良い環境を整えましょう。馴染みのものを周囲に置いたり、リビングなど皆が集まる空間に、本人の定位置を作ることも効果的です。居心地の良さは物理的なものとは限りません。受け入れられているという安心感も必要なので、帰宅を訴えたときには「ここにいて欲しい」という気持ちを何度も伝えましょう。

Unrecognizable health visitor and a senior woman during home visit.
気をそらしたり環境を整えるということが有効な方法になります

5.医学的対応

帰宅願望は、介護的対応しかないと思われがちですが、実は薬の調整・追加も奏功します。

5-1.アクセル系の薬の減量中止

認知症の患者さんには、抗認知症薬が投与されている方が大部分です。抗認知症薬はアクセル系とブレーキ系があります。その中でもアクセル系の薬が帰宅願望を起こしていることが少なくありません。そのためアクセル系の抗認知症薬(アリセプト、リバスタッチ/イクセロンパッチ、レミニール)が処方されている場合は、一度中止してみましょう。これで改善すれば中止。変化がなければ再開して継続します。

5-2.ブレーキ系の追加

アクセル系の抗認知症薬を中止する場合でも改善しない場合は、ブレーキ系の抗認知症薬メマリーや抑肝散を追加しましょう。これで、かなりの症例は落ち着きます。介護的対応も重要ですが、ブレーキ系の抗認知症薬の力を借りることも大事です。以下の記事も参考になさってください。

6.まとめ

  • 帰宅願望は、認知症の中~重度の段階で起こるBPSDの一つです。
  • 帰宅願望は、実際に家に帰りたいわけでなく、自分の最も輝いていた時期もしくは安住の時代に帰りたいのです。
  • 帰宅願望には、介護的対応だけでなく抗認知症薬の調整も著効します。
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