「昔の牛肉のほうが、もっと赤身だった。」そんな話を聞いたことはありませんか。実際、現在の黒毛和牛は、30~40年前と比べると筋肉の中に入る脂肪、いわゆる「サシ」が大幅に増えています。品種改良や飼育技術の進歩によって、現在では筋肉内脂肪率が50%を超えるような和牛も見られるようになりました。
もちろん、生産者の努力があったからこその成果です。しかし、その背景にはもう一つ見逃せないものがあります。それは「評価基準」です。どのようなものを高く評価するのか。その基準は、人の努力の方向を決め、時代の流れさえ変えてしまいます。今回は、霜降り和牛を例に、「基準」が持つ力について考えてみたいと思います。
目次
1.評価基準が和牛を変えた
現在の和牛は、美しい霜降りが入った肉ほど高く評価されます。日本では肉質等級や脂肪交雑基準(BMS)によって肉質が評価され、きめ細かなサシが入った牛ほど高値で取引されます。生産者にとって、高い評価は高い収益につながります。
そのため、より良い肉を作ろうと、優秀な種雄牛の選抜が進み、飼料や肥育方法も改良されてきました。その結果、日本の和牛は世界でも高く評価されるブランドとなりました。評価基準が技術革新を促した好例と言えるでしょう。
私たちは結果だけを見がちですが、その背景には必ず「何が評価されるのか」という基準があります。評価の物差しが変われば、人の努力も変わるのです。
2.評価基準は時代とともに変わる
しかし、評価基準は永遠ではありません。近年では、「脂が多すぎる」「たくさん食べられない」という声も聞かれるようになりました。もちろん、霜降り和牛のおいしさは日本が世界に誇る文化です。
一方で、赤身本来の旨みを楽しみたい人や、脂を控えたい人も増えています。そのため最近では、「適度なサシ」を特徴としたブランド牛や、赤身和牛を前面に打ち出すお店も人気を集めています。
つまり、「いい肉」の基準そのものが少しずつ変わり始めているのです。昔は「脂が多いほど高級」が一つの価値観でした。しかし今では、「おいしく最後まで食べられること」「健康とのバランス」「脂の質」といった新しい価値も重視されるようになっています。社会は変わります。そして、それに合わせて評価基準も変わっていくのです。
3.私たちの好みも変わってきた
私自身、若い頃は霜降りの和牛をごちそうになると、とてもぜいたくな気分になりました。もちろん今でもおいしいと思います。しかし60歳になった現在では、以前ほどたくさん食べられなくなりました。少量なら十分満足できますが、脂の多い肉を続けて食べると胃にもたれを感じることがあります。
さらに興味深いのは、娘たちも霜降り肉をあまり好まないことです。焼肉店へ行っても、赤身肉やヒレ肉を選ぶことが多く、「こちらのほうがおいしい」と言います。もちろん、これは私たち家族の好みであり、すべての人に当てはまるわけではありません。
それでも最近は、赤身肉を売りにした専門店が増え、スーパーでも脂の少ない牛肉を選ぶ人を多く見かけるようになりました。価値観は一つではありません。かつて最高級とされたものが、今もすべての人にとって最高とは限らないのです。食文化とは面白いもので、「おいしい」の基準も時代や世代とともに変化していきます。
終わりに
和牛の霜降りは、日本の畜産技術が世界に誇る成果です。しかし、その歴史を振り返ると、技術だけでここまで進化したわけではありません。
「どのような牛を高く評価するか」という基準があったからこそ、生産者はその方向へ努力を重ね、日本独自の和牛文化が築かれてきました。
そして今、その基準は少しずつ変わり始めています。霜降りだけではなく、赤身の旨みや脂とのバランスを求める人が増え、多様な価値観が受け入れられる時代になりました。
私は、この変化はとても自然なことだと思います。食べ物に限らず、「良いもの」の基準は時代とともに変わります。だからこそ、私たちは昔の常識にとらわれることなく、その時代、その人に合った価値観を柔軟に受け入れていくことが大切なのではないでしょうか。霜降り和牛の歴史は、「評価基準」が文化を育て、そして時代とともに変化していくことを教えてくれる、とても興味深い例だと感じています。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。