私は、20年前に開業した際、初めて人を雇用しました。そこで人を雇用する責任を知り、「労務」の重要性を知りました。労務は、税務や法務に比べ、取っつきにくいものですが、雇用されるスタッフのことを考えると避けては通れません。
そんな経営者の一人として、今回の吉本興業の芸人さんへの関係を見ると、あまりにもあまりにもひどい。口では「芸人さんはファミリー」といっていますが、労務の観点からみれば、その扱いはファミリーではありません。
今回の記事では、医療法人グループの経営者として、労務の点から吉本興業が真っ黒なブラック企業である理由を紹介します。
目次
1.労務とは?
「労務」とは、労働に関する事務仕事一般のことを指します。具体的には、以下のようなものになります。
1-1.給与計算
スタッフの給与を計算します。単に計算と言っても、結構複雑です。まずは給与契約条件や給与規定に基づいて給与の総支給額を決めます。そこから、社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、雇用保険料など)や税金(所得税・住民税)等を差し引いて、最終的な手取額を計算します。
1-2.労働時間や休日の管理
労務は給与だけを計算すればよいわけではありません。毎日の就業時間、休憩時間、週当たりの労働時間、時間外労働、有休の取得状況等も、労働基準法に違反しないように管理する必要があります。
1-3.社会保険の手続き
勤務時間によって、常勤雇用になるか非常勤雇用になるかが変わってきます。常勤雇用の場合は、社会保険の手続きも必要になってきます。
2.業務委託とは?
実は、吉本興業はそもそも芸人さんを雇用していません。彼らは、雇用ではなく業務委託の関係の様です。業務委託とは、社内で処理できない業務や委託したほうが効率や効果が期待できる業務を、外部の個人や法人に委託するものです。しかし、その関係は委託する側が圧倒的に有利になります。
2-1.最低賃金も関係ない
芸人さんが「何時間も働いて吉本興業から数百円しか振り込まれなかった」という話を聞いたことがないでしょうか? 雇用であれば、最低賃金制度により、数時間働いて数百円はあり得ません。しかし、業務委託であれば、双方が納得すれば非常識に安い額でも成立してしまうのです。
*最低賃金:労働市場のセーフティー・ネットとして、国が最低限支払わなければならない賃金の下限額のを定め、使用者に強制する制度。
2-2.労働時間も関係ない
そもそも雇用していないわけですから、労働時間が適応されません。吉本興業が満足する仕事をするために、どれだけ時間をかけても双方が納得すれば成立してしまうのです。
2-3.社会保険にも加入しなくてよい
雇用していないわけですから、どれだけ働いても社会保険に加入する義務はありません。通常、常勤雇用する場合、会社は給与総額の15%程度は社会保険料を負担するものです。吉本興業はそれすら負担していないのです。
3.ファミリーとは名ばかりの芸人さん
吉本興業は、芸人さんに対して、労務という概念がありません。どれだけ働かせても、常識はずれの安い費用で済んでしまいます。そして、社会保険の負担もありません。もしも一般企業で、社員と業務委託契約にすれば、労働時間も最低賃金も関係なく社会保険の負担もなければ経営的には楽になりますが、世間が許さないでしょう。
反対に芸人さんは、過酷な労働を強いられ、病気やケガをしても社会保険も恩恵を受けることもできません。(自ら国民年金、国民健康保険に加入する必要があります。)
そのうえ、令和元年9月の「NSCお笑い夏合宿」に参加するための誓約書では、「合宿中の負傷、これに基づいた後遺症、あるいは死亡した場合、その原因を問わず吉本興業に対する責任の一切は免除されるものとする」との免責事項までもが記載されていたようです。呆れてしまいます。
4.労働契約も結んでいない
そもそも、今の時代に労働条件通知書を渡していないことはあり得ません。
4-1.労働条件通知書とは?
労働基準法では立場の弱い労働者を保護するため、雇用の際には、労働条件を労働者に明示することを使用者に要求しています。労働条件通知書には、少なくとも以下を記載する必要があります。
- 労働契約の期間
- 就業場所
- 業務内容
- 始業/終業時刻
- 休憩時間
- 休日/休暇
- 賃金の計算方法/締日支払日
- 解雇を含む退職に関する事項
4-2.これからは雇用契約書も必要
実はブレイングループも労働条件通知書を毎年結んでいますが、雇用契約書も検討しています。労働条件通知書も雇用契約書も書面に書かれている内容自体はほとんど同じです。しかし、「署名捺印の有無」が異なります。
労働条件通知書は会社が一方的に社員に渡す書面というイメージです。そのため、「そんな書面はもらっていない」といったトラブルも予想されます。
一方で、雇用契約書は社員と会社の双方が「この内容に合意しました」と署名や捺印を取り交わすので、トラブルを防ぐ点では「雇用契約書」のほうが優れているのです。
5.ブラック企業に就職しないために
吉本興業の事例から、ブラック企業に就職しないために以下を確認しましょう。
5-1.労働条件通知書
理想は、雇用契約書、最低でも労働条件通知書を交付する職場を選びましょう。「労働条件通知書はないのですか?」という質問に、「何のことかわからない」ような職場は避けましょう。医療系はこういった体制が不備なケースが多いので、しっかりと準備すると差別化が図れます。
5-2.就業規則の確認
労働条件通知書の元になる、就業規則も確認しましょう。就業規則とは、賃金や労働時間、労働条件などについて決められたものです。労働者を常時10人以上雇用している会社の場合は、就業規則の作成と届出が義務付けられています。
残念ながら、形式化されている職場が多いのですが、ブレイングループでは毎年改定して届けています。これも、スタッフ雇用の際の差別化になるのです。
6.まとめ
- 労務の観点から、吉本興業は超超超ブラック企業です。
- 特に業務委託の関係は、労働者に賃金・労働時間等で過剰な負担につながります。
- 吉本興業の事例を参考に就職の際には、最低でも労働条件通知書のある職場を選びましょう。