2019年5月、政府は、希望する人が70歳まで働き続けられるようにするための制度案を取りまとめました。人によっては、65歳までの定年延長が一般的になって、さらに70歳まで定年延長することに違和感を感じる方もいるかと思います。しかし、これからの超高齢化時代、多くの面から働くことは良いことだらけです。定年延長を逆手にとってより充実した人生を送りたいものです。今回の記事では、老年病専門医として高齢者医療に取り組む長谷川嘉哉が定年延長のメリットについてご紹介します。
目次
1.70歳定年延長とは?
全世代型の社会保障制度の実現に向け、政府、希望する人が70歳まで働き続けられるようにするための制度案を取りまとめました。定年の廃止や延長に加え、再就職のあっせんや起業支援などを企業側に求める内容で、将来的な義務化の検討も明記しています。
高齢者の雇用をめぐっては、企業には、希望する人全員の65歳までの雇用が義務づけられていますが、政府は、全世代型の社会保障制度の実現に向け、未来投資会議で70歳までの就業機会を確保するための制度案を示しました。
2.70歳定年延長が必要な社会的要請
70歳定年延長は、個人の問題だけでなく、社会的要請でもあります。
2-1.生産年齢人口の減少
日本経済は人手不足という構造問題に直面しています。生産年齢人口と呼ばれる15~64歳の人口は2017年に7604万人と、13年に比べて335万人減りました。生産年齢人口を増やす最も確実な方法は、64歳までの現状を70歳に引き延ばすことなのです。
*生産年齢人口:生産活動に従事しうる年齢の人口。人口統計で、生産活動の中心となる15歳以上65歳未満の人口。
2-2.公的年金受給繰り下げ
現在、年金は原則として65歳からもらうことができます。政府、70歳まで定年を延長することで、受給開始を70歳超も選べるようにしたいのです。社会保障費が膨らみ続けるなか、元気な高齢者に社会保障の支え手に回ってもらうことで、財政の安定化につなげたいのです。
2-3.70歳以上も働きたい声
70歳を超えてようやく年金をもらえても、多くの方は予想より支給額が少ないことに驚かれます。そのため、「年金だけでは生活が厳しいので、体が動くうちはずっと働きたい」という声が多いのです。
3.認知症予防にも効果が
私の認知症専門外来でも、「退職を機に物忘れが出てきました」という方が多くいらっしゃいます。仕事がなくなくなると脳に対する刺激は間違いなく減ります。そのことによって、脳の機能は低下して認知症に向かうのです。
人間は、毎日何もすることがないと身体機能・精神機能が低下します。実際、認知症患者さんの日常生活動作が低下する大きな要因は、「意欲低下により何もしなくなること」です。定年後に仕事をしないことは、みずから意欲低下につながる生活環境を作ろうとしているようなものなのです。
4.熟年離婚の予防
外来で高齢の夫婦を見ていると「夫婦には適度な距離感が大事」と痛感します。いつも一緒にいると、どちらかが依存してまうようです。夫婦の適切な距離感が双方の自立を生み、ひいては健康維持にまでつながるのです。
ご主人が定年後に仕事もせずに家にいると、奥様の体調にまで悪影響を及ぼします。実際「昼食うつ病」という言葉があります。これは女性に多い症状で、主に夫の定年後に起こる現象です。
夫が定年後仕事をしていないと、朝食後もリビングに居座り、お茶やコーヒーなどを要求し、目の前の新聞やリモコンすら自分で取ろうとしなくなります。決まった時間に昼食をとる生活が何十年も続いたため、正午になる前に「おい、今日の昼飯はなんだ」と何気なく聞いてきたりもします。そのうえ、食卓に着いて昼食を待っていたりします。こういう言動が、妻には大きなプレッシャーになるのです。ついには、ストレスが蓄積し、妻の心身にさまざまな不調をきたすのです。
5.老後破産の予防にもなる
三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、2050年には世帯主が85歳の世帯のうち、約50%で金融資産がなくなると試算しました。そのうえ、75歳を超えると3割の方が介護を必要とします。それに伴って、医療・介護の費用も余分に必要となれば、金融資産を取り崩す必要があるのです。
年金が少ない方であれば、働くことで年金の受取を遅らせて、代わりに年金額を増やすことができます。ざっくりとした計算ですが、70歳から年金をもらうようにすると65歳から貰う場合に比べて40%程度手取りを増やすことができます。長く働くことは年金に頼らない人生設計にも欠かせないのです。
6.まとめ
- 政府は、70歳までの定年延長も検討に入りました。
- 70歳まで働くことは、生産人口が減ること、社会保障費の負担を支えあう点からも時代の要請です。
- 同時に、70歳まで働くことは、認知症、熟年離婚、老後破産の3つの予防にもなるのです。