「異常なし」と言われた若者たち――脳神経内科で急増する機能性障害

「異常なし」と言われた若者たち――脳神経内科で急増する機能性障害
脳神経内科というと、多くの方は脳梗塞、パーキンソン病、てんかん、多発性硬化症といった「脳や神経そのものが壊れる病気」をイメージされると思います。しかし近年、外来で確実に増えているのが、「検査では異常が見つからないのに、実際には強い症状が出ている若い患者さん」です。

20〜30歳代の方が、突然歩けなくなる。手が震える。しびれる。発作を起こす。声が出なくなる。けれどMRIも血液検査も異常がない――。こうした状態は現在、「機能性神経症状症(Functional Neurological Disorder:FND)」と呼ばれています。

昔は「心因性」「ヒステリー」「気のせい」と片づけられることもありました。しかし現在では、その理解は大きく変わっています。実際には“脳が壊れている”のではなく、“脳の働き方が乱れている”状態として捉えられるようになってきました。

そしてこの病気は、決して珍しいものではありません。むしろ現代社会を映し出す疾患とも言えるかもしれません。今回は、若い世代で増えている機能性障害について、脳神経内科の立場から整理してみたいと思います。

目次

第1章 「異常なし」なのに動けない――機能性障害とは何か

機能性障害の特徴は、「症状は本物なのに、検査で説明できない」という点です。

例えば、

  • 足に力が入らず歩けない
  • 手が激しく震える
  • 何度も失神する
  • 全身がしびれる
  • 発作を起こす
  • 声が出ない

といった症状が起きます。しかしMRIやCT、血液検査では大きな異常が見つからないことが少なくありません。ここで重要なのは、「異常がない=演技」ではないということです。

患者さん本人も本当に苦しんでいます。実際に歩けず、学校や仕事に行けなくなる方もいます。周囲から「怠けている」「気持ちの問題だ」と言われ、さらに追い込まれるケースも少なくありません。

最近では、脳の画像研究も進み、FNDでは「運動」「感情」「注意」「自己認識」をつなぐネットワークがうまく働いていない可能性が指摘されています。よく使われる例えがあります。「パソコン本体は壊れていないが、ソフトウェアがフリーズしている状態」つまり、脳そのものが破壊されているわけではない。しかし、脳の機能の連携に異常が生じているという考え方です。

これは脳神経内科にとって非常に大きな変化です。以前は「異常なしなら精神科へ」という流れが一般的でした。しかし現在は、脳神経内科医自身が積極的に診断し、治療に関わるべき病気と考えられるようになっています。

第2章 なぜ20〜30代に増えているのか

では、なぜ若い世代で増えているのでしょうか。背景には、現代社会特有の“脳の過負荷”があるように感じます。まず大きいのが、「常に緊張状態にさらされる社会」です。SNSでは、他人と比較され続けます。失敗は拡散され、常に“見られている感覚”があります。さらに若い世代は、就職、将来不安、人間関係、経済的不安など、多くのストレスを抱えています。

しかも現代は、「休むこと」が下手な社会です。

  • 疲れていてもスマホを見る
  • 夜中まで情報を浴び続ける
  • 常に誰かとつながっている
  • 頭が休まらない

こうした状態が続くと、脳は慢性的な警戒モードに入ります。

すると、

  • 自律神経が乱れる
  • 身体感覚に過敏になる
  • 疲労が抜けない
  • 不眠になる
  • 不安が強くなる

という悪循環が始まります。特にFNDの患者さんには、

  • 真面目
  • 責任感が強い
  • 周囲に気を遣う
  • 我慢する
  • 頑張りすぎる

タイプが少なくありません。つまり、“弱い人”がなる病気ではなく、“無理を続けられてしまう人”が限界を超えた時に起こるケースが多いのです。


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さらに近年は、新型コロナ後遺症、起立性調節障害、慢性疲労症候群などとの関連も注目されています。軽い感染症やストレスをきっかけに、「脳が過敏化した状態」が固定化してしまうのではないかという考え方です。脳は非常に繊細な臓器です。そして現代社会は、その脳にとって決して優しい環境ではないのかもしれません。

第3章 治療で大切なのは「安心」と「再学習」

FNDの治療は、薬だけで解決するものではありません。

もちろん、

  • 不安
  • 抑うつ
  • 不眠

が強い場合には、抗うつ薬や睡眠薬を使うこともあります。しかし、薬だけでは改善しないケースが多いのが実情です。重要なのは、「脳が間違った動き方を学習してしまっている」という視点です。

例えば、一度転倒した経験から「また倒れるかもしれない」という恐怖が強くなると、身体は過剰に緊張します。その結果、逆に歩きにくくなる。するとさらに不安が強くなる――。

この悪循環を断ち切る必要があります。そのために大切なのが、

  • 病気を正しく理解すること
  • “気のせい”ではないと知ること
  • 安心できる環境
  • リハビリ
  • 睡眠改善
  • 少しずつ成功体験を積むこと

です。特にリハビリは重要です。「動けない」ことに意識を向け続けるのではなく、「できる動き」を再学習していくことが回復につながります。また、医療側の対応も非常に重要です。

「異常ありません」
「気のせいです」
だけで終わってしまうと、患者さんはさらに不安になります。そして複数の病院を受診し、検査を繰り返す“医療ループ”に入ってしまうことがあります。

しかし本来必要なのは、「異常がない」という説明ではなく、「なぜこの症状が起きているのか」を理解できる説明です。近年、FNDは“治らない病気”ではなく、“適切に介入すれば改善しうる病気”として認識されるようになってきました。

まとめ

20〜30代に増えている機能性神経障害は、「検査で異常がないから問題ない」という単純な話ではありません。脳は壊れていなくても、働き方が乱れることがあります。そして現代社会は、若い人の脳に非常に強い負荷をかけています。

この病気で最もつらいのは、「理解されないこと」です。周囲から怠けていると思われる。異常なしと言われる。自分でも説明できない。そうして孤立していく患者さんを、外来で数多く見てきました。

しかし現在、医学は少しずつ変わっています。「壊れた脳」を診るだけではなく、「うまく働けなくなった脳」を理解しようという時代になってきています。機能性障害は、現代人の脳が発している“限界のサイン”なのかもしれません。そしてだからこそ、単なる精神論ではなく、脳神経内科として真剣に向き合う必要がある時代に入っていると感じます。

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