最近、外来をしていて「睡眠時無呼吸症候群(SAS)の患者さんが増えた」と強く感じます。以前は、「SAS=太った中年男性の病気」というイメージがありました。もちろん肥満は大きな危険因子です。しかし、実際の診療では決してそれだけではありません。
当院にも、見た目には痩せているのに検査をすると明らかなSASが見つかる方がいらっしゃいます。また私は脳神経内科医として、40歳代という若さで脳梗塞などの脳血管障害を発症した患者さんを診ることがありますが、その背景を調べていくとSASが見つかることも珍しくありません。
さらに問題なのは、診断されCPAP(持続陽圧呼吸療法)を導入しても、「マスクが煩わしい」「眠りにくい」「もう大丈夫だと思った」などの理由で、機械を使わなくなり、ついには受診まで中断してしまう患者さんが一定数いらっしゃることです。そんななか、非常に重い事件が報道されました。
目次
1.SASの治療を中断した34歳男性が死亡事故
2026年9月、東京地検は、睡眠時無呼吸症候群の影響で運転中に意識を失い、歩行者を死亡させたとして、34歳の男性を危険運転致死罪で在宅起訴しました。SASによる事故で危険運転致死罪による起訴は、全国で初めてとみられています。
報道によれば、男性は前年に医療機関で重度のSASと診断され、CPAP治療を始めていました。ところが「マスクの装着が苦しい」などの理由から、自己判断で通院もCPAPも中断。その後、配送業を始め、死亡事故を起こす前にも居眠りが原因とみられる物損事故を2回起こしていたとされています。
そして今年4月、貨物車を運転中に意識を失い、赤信号の交差点に進入。横断歩道を渡っていた78歳男性をはね、死亡させました。ここで重要なのは、「SASと診断されていた」「治療方法も提示されていた」「それでも治療を中断していた」という点です。SASは、単なる「いびきの病気」ではありません。
日本呼吸器学会も、日中の眠気によって作業効率が低下し、居眠り運転事故や労働災害の原因になると注意喚起しています。海外の研究でも、睡眠時無呼吸の患者では自動車事故のリスクが一般ドライバーより約2.5倍高く、適切なCPAP治療によって事故発生が大幅に低下したと報告されています。
つまりCPAPは、「できれば使った方がいい機械」ではないのです。特に車を運転する人にとっては、自分と他人の命を守る治療なのです。
2.「痩せているからSASではない」は大きな誤解
私が最近特に患者さんにお伝えしているのが、「痩せているからSASではない、とは限りません」ということです。確かに肥満になると首やのどの周囲にも脂肪がつき、気道が狭くなります。
しかしSASの原因は肥満だけではありません。日本呼吸器学会も、扁桃が大きい、舌が大きい、鼻炎や鼻中隔弯曲がある、あごが小さい、あごが後退している、といった体の構造によって、肥満でなくてもSASになると説明しています。
特に日本人では、欧米人と比較して肥満がそれほど強くなくても、顎や顔面の骨格の影響によって気道が狭くなるケースがあります。
ですから、「私は太っていないから関係ない」という自己判断は危険です。家族から、「いびきがひどい」「寝ていると呼吸が止まっている」「突然静かになったあと、ガッと息をする」と言われる人は、一度検査を受けることをおすすめします。
そしてもう一つ注意していただきたいのが、日中の強い眠気がないSASもあることです。「運転中に眠くならないから大丈夫」「仕事中に寝たことはない」というだけで否定はできません。日本呼吸器学会も、日中の眠気は代表的症状ではあるものの、すべての患者にみられるわけではないとしています。朝起きた時の頭痛、熟睡感がない、夜間頻尿、昼間のだるさ、集中力の低下など、一見SASとは関係なさそうな症状だけのこともあります。
3.SASは脳卒中を起こす病気でもある
脳神経内科医として私がSASを重視する最大の理由の一つが、脳血管障害との関連です。睡眠中に何度も呼吸が止まると、そのたびに血液中の酸素濃度が低下します。すると体は危機状態と判断し、交感神経が活性化します。血圧が上昇し、心拍数も変動します。それが一晩に何十回、重症の人では何百回も繰り返されます。
つまり本人は寝ているつもりでも、心臓や血管には毎晩かなりの負担がかかっているのです。SASでは高血圧、不整脈、心筋梗塞、脳卒中などのリスクが高くなります。日本呼吸器学会は、成人SASでは高血圧、脳卒中、心筋梗塞などを起こす危険性が約3~4倍高く、特に重症例では心血管疾患発症リスクがさらに高くなるとしています。
私は40歳代で脳梗塞を発症した患者さんを診ると、「なぜこの若さで脳梗塞になったのか」を考えます。喫煙、高血圧、糖尿病、脂質異常症、不整脈などを調べるのは当然ですが、その中にぜひSASも入れてほしいと思います。
特に、「太っていない」「血糖値もそれほど高くない」「でも血圧が高い」「朝からだるい」「いびきを指摘される」という人では、一度SASを疑う価値があります。
そして一度診断された人は、治療を勝手に中断してはいけません。CPAPが苦しいのであれば、「やめる」のではなく医療機関に相談してください。マスクの種類を変更する、圧を調整する、加湿器を使う、鼻づまりを治療する、患者さんによっては口腔内装置を検討するなど、別の方法を考えることができます。SASの診療ガイドラインでも、マスク調整や患者教育など、CPAPを継続しやすくするための介入が重視されています。
終わりに
今回の死亡事故は非常に痛ましいものです。亡くなられた方にとっては、青信号の横断歩道を普通に歩いていただけです。
一方、運転していた男性も、SASという病気を適切に治療し続けていれば、まったく違う人生になっていた可能性があります。だからこそ私は、この事件を単に「居眠り運転は危険だ」という話で終わらせてはいけないと思います。
SASは、太った人だけの病気ではありません。そして、いびきだけの病気でもありません。脳卒中や心筋梗塞を起こし、時には交通事故によって他人の命まで奪ってしまう可能性があります。
当院でもSAS患者さんはかなり増えています。一方で残念ながら、CPAPを使わなくなり、そのまま受診にも来なくなる患者さんが一定数いらっしゃいます。今回の事件を知って、私は改めて思います。「SASの治療を中断しないでください」特に、仕事や日常生活で車を運転する方には、強くお伝えしたいと思います。
マスクがつらければ相談してください。治療方法を一緒に考えることはできます。しかし、何もせず放置することだけは避けてください。SASの治療は、自分の健康だけを守るものではありません。家族を守り、道路を歩いている見ず知らずの人の命まで守る治療なのです。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。